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朝ドラ第100話であえて描かれた“葛藤シーン” 視聴者たちの心を突き動かした物語の“重要な節目”

  • 2025.8.15
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『あんぱん』第20週(C)NHK

朝ドラ『あんぱん』100回にかけて、のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)という夫婦の歩みが大きな転換点を迎えた。互いに隠しごとを抱え、それを告白したのちに描かれるのは、7年という時間の経過。そして「探し物」や「逆転しない正義」といった、本作のテーマを凝縮したようなエピソード群である。やなせ夫妻をモデルとする物語において、この数話はまさに“アンパンマン誕生”への道程を象徴する部分と言える。

※【ご注意下さい】本記事はネタバレを含みます。

のぶの「探し物」と女性としての自立

まず印象的だったのは、のぶが薪鉄子(戸田恵子)に、探しているものがある、と伝える場面だ。秘書としての仕事を解雇されることになるが、それでも「ここにいれば見つかる」と言い切る芯の強さは、これまでの彼女の成長を端的に示していた。

戦時中、「逆転した正義」に流され子どもたちを誤った方向へ導いたという後悔を抱えるのぶにとって、その“探し物”は単なる仕事や役割ではなく、自分の生き方そのものに関わるものだろう。

さらに、義母・登美子(松嶋菜々子)との対話も大きな意味を持つ。

のぶは、嵩の稼ぎだけを当てにするつもりはなく、むしろふたり分働いて嵩の夢を支えようとしている。また、亡き父・結太郎(加瀬亮)の「女子も遠慮せんと大志を抱け」という言葉を胸に刻んでもいる。これは単なる嫁姑の和解エピソードにとどまらず、戦後初の女性記者としての自覚と、女性の自立を真正面から描いた場面にも受け取れる。

のぶにとっての“探し物”は、自分だけの信念であり、それを嵩とともに見つけていくことが、人生の目的になりつつあるのではないだろうか。

嵩の葛藤と「芸術」と「大衆」の狭間

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『あんぱん』第20週(C)NHK

一方、嵩の苦悩は別の形で描かれている。三星百貨を辞め、漫画家として独立を目指しているものの、仕事は軌道に乗っていない。「メイ犬BON」も完成直前でボツになってしまう。

八木(妻夫木聡)から「大衆に媚びなくていい」と、嵩らしい漫画を描くことを促され、励まされても、嵩自身の劣等感と自信のなさは拭えない。モデルであるやなせたかしが売れない時代を長く過ごしたことと重ねれば、嵩の迷いは作品全体のリアリティを底支えしていると言える。

そんななか、作曲家・いせたくや(大森元貴)と六原永輔(藤堂日向)から舞台美術を依頼され、のぶに背中を押されて挑戦する嵩の姿が印象的だった。

新たな領域に踏み出し、愚痴をこぼしながらも生き生きと絵を描く嵩の姿は、これまでの閉塞感を打ち破る一筋の光のようだった。

だが、第100回では舞台が成功裏に終わったにもかかわらず、ふたたび自信を失い、次の仕事に背を向けてしまう。ここには、創作に携わる者なら誰しも経験する“達成後の虚無感”や“再挑戦への恐怖”がリアルに刻まれている。SNS上では、夢に向かって試行錯誤する嵩たちに向け「みんな夢に向かってがんばれ!」といったエールが飛び交っている。

夫婦の嘘と真実、そして再生の兆し

のぶと嵩の関係は、互いの嘘と真実が交錯することで揺らぎ続ける。のぶは秘書を解雇されたことを言えず、嵩は仕事がないのに多忙を装う。これは単なる「夫婦のすれ違い」ではなく、相手を思うがゆえの“優しい嘘”でもある。

しかし、その優しさが結果的にふたりを孤立させてしまうのが痛ましい。

それでも、のぶと登美子の交流が示すように、対話を通して少しずつ真実を打ち明け合い、関係を修復するできる土台が、嵩とのぶにはある。登美子が「嵩はそういう見栄っ張りなところだけ私に似ちゃったのね」と語る場面は、嵩の弱さを肯定しつつも、世代を超えて受け継がれる価値観の連鎖を示していた。

第100回では、舞台仕事をめぐってのぶと嵩の間にふたたび亀裂が入る。しかし、のぶが“ある秘密の行動”に出ていることが明かされることで、物語は次の展開へと大きく動き出す。ふたりが互いに抱える嘘と真実をどう乗り越えていくのか。これはやがて「逆転しない正義」へとつながる試練でもあるだろう。

「逆転しない正義」とは何か

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『あんぱん』第20週(C)NHK

ここまでのエピソードで浮かび上がるのは、「逆転しない正義」とは必ずしも正解のあるものではないということだ。

のぶにとっては、戦時中に失った信念を取り戻すこと。嵩にとっては、大衆に受け入れられなくとも自分らしい表現を追求すること。それぞれの正義がすれ違い、ときに矛盾しながらも、ふたりは共に歩み続ける。

『あんぱん』第98〜100回は、そんなふたりの模索を丁寧に描き出していた。やなせ夫妻の実像を重ね合わせるなら、この苦悩の時期こそが「アンパンマン」誕生に至る必然だったのだと理解できる。だからこそ視聴者は、のぶと嵩のすれ違いさえも愛おしく見守ることができるのだ。

第98〜100回は、『あんぱん』の物語における重要な節目である。のぶは「探し物」を胸に秘め、嵩は芸術と大衆の狭間でもがき続ける。ふたりの間に走る亀裂は痛々しいが、そこには再生への兆しもまた確かに存在する。

本作が投げかける「逆転しない正義」とは、完璧な答えではなく、何度つまずいても立ち上がる生き方そのものだ。やなせ夫妻の人生がそうであったように、のぶと嵩の旅路もまた、視聴者に“愛と勇気”の意味をあらためて問いかけている。


連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_