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5年前にも共演「無駄一つない見事な構成」“木曜ドラマ”のヒットで再評価される“2020年・ドラマSP”

  • 2025.8.15

ドラマ『しあわせな結婚』で夫婦役を演じている阿部サダヲと松たか子。このふたり、2020年のドラマスペシャル『スイッチ』(テレビ朝日系)でも共演している。『スイッチ』では7年交際したあと腐れ縁を続けている元恋人役、『しあわせな結婚』では夫婦役。立場も関係性も大きく変わったふたりだが、その掛け合いに漂う呼吸感や、画面を満たす安定感は変わらない。それぞれの作品を振り返りながら、共通点と相違点を探ってみたい。

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阿部サダヲ 松たか子 (C)SANKEI

腐れ縁が繋いだ元恋人と事件の縁

『スイッチ』は、坂元裕二脚本、月川翔監督による2時間ドラマ。『しあわせな結婚』放送を機に再注目されている本作は、いまだSNS上でも「無駄一つない見事な構成」「さすがの面白さと切なさ」と評価が高い。

阿部サダヲ演じる検事・駒月直と、松たか子演じる弁護士・蔦谷円は、学生時代から7年間交際し別れたあとも13年間、なぜか腐れ縁を続けてきた元恋人同士。お互いの恋人を紹介し合ったり、憎まれ口を叩き合ったりと、常識では測れない距離感が心地よく続いている。

物語は、直が担当する「みなとみらい連続突き飛ばし事件」で死者が出たことをきっかけに動き出す。円はある理由から刑事事件を引き受けないと決めていたが、被疑者の弁護を引き受け、元恋人同士が検事と弁護士として法廷で対峙することになる。

このドラマの大きな魅力のひとつは、ふたりの軽妙でテンポの良い会話劇だ。事件というシリアスな軸がありながら、長い付き合いだからこそ生まれる間合いや、互いの呼吸を読むような掛け合いが、視聴者を引き込む。

なかでも印象的なのは、円が鳩を苦手にしていることを知っている直が、「(ベランダに鳩は)一羽もいないよ」と嘘をつく終盤の場面。些細な嘘だが、これは相手を思いやる「優しい嘘」の象徴だ。『スイッチ』は、このような細やかな描写で、ふたりを繋ぐ見えない糸を浮かび上がらせる。

夫婦の愛と秘密を描くマリッジ・サスペンス

一方、『しあわせな結婚』は、脚本・大石静による完全オリジナルストーリー。「妻が抱える大きな秘密を知ったとき、それでも彼女を愛し続けられるか?」というテーマで、夫婦の愛を問うマリッジ・サスペンスだ。

阿部サダヲ演じる原田幸太郎は、元検事で現役弁護士。センセーショナルな裁判で無罪判決を勝ち取ってきた手腕と、テレビ番組出演による知名度で人気を博している。

生来「ひとり好き」な性格で独身を貫いてきたが、入院先で美術教師の鈴木ネルラ(松たか子)と運命的に出会い、結婚を決意する。ネルラは感情を表に出さず、ミステリアスな魅力を湛えた人物で、幸太郎の結婚観を根底から変えてしまう。

しかし、幸せな日々は長く続かない。ネルラは15年前の婚約者・布勢夕人(玉置玲央)が死亡した事件に深く関わっていた過去があり、その真相はいまも謎に包まれている。夫婦として歩み始めたふたりの前に、この事件が影を落とし、不穏な空気が漂い始める。

『スイッチ』が軽妙さと人間味で魅せるなら、『しあわせな結婚』は緊張感とサスペンス性で視聴者を惹きつける作品だ。

共通するキーワードは「事件」と「優しい嘘」

両作を見比べて浮かび上がるのは、「事件」と「優しい嘘」というふたるの共通点だ。

『スイッチ』では、ふたりの学生時代に起きた事故が、彼らの間に特別な絆を生んでいる。その絆は、先述の鳩のエピソードのような優しい嘘によって日々守られてきたのだと想像できる。相手の弱さや苦手を補い合うような関係性が、ふたりの腐れ縁を成立させている。

『しあわせな結婚』では、ネルラが関わった15年前の事件が、夫婦としての関係性を形づくる大きな要素になっている。この事件についてネルラはまだ真実を語っておらず、幸太郎も全容を知らない。もしかすると、ネルラの沈黙そのものが、幸太郎への「優しい嘘」として機能しているのかもしれない。真実を知れば、ふたりの関係が壊れてしまう可能性があるからだ。

いずれの物語でも、事件は単なる背景ではなく、ふたりの距離を縮め、関係を複雑にしていく装置として作用している。そして「優しい嘘」は、ふたりを繋ぎとめる接着剤のような存在だ。愛情か依存か、その境界を視聴者に問いかける点も、両作に共通している。

再共演が生む化学反応の正体

役どころの立場も興味深い。『スイッチ』では検事と弁護士という法廷で対立する関係だったふたりが、『しあわせな結婚』では弁護士と美術教師という、直接的には交わらない職業に変わっている。

元恋人同士としての距離感と、夫婦としての距離感では、当然ながら会話のニュアンスや間合いも違う。しかし、どちらの関係性にも共通しているのは、“似たもの同士”に見える瞬間だ。

『スイッチ』のふたりは、価値観のズレや立場の違いがありつつも、妙なタイミングで呼吸が合う。一方、『しあわせな結婚』のふたりは、秘密や不安を抱えながらも、何気ない会話に互いの理解が滲む。その呼吸感は、阿部サダヲと松たか子という役者同士が築いた信頼関係あってこそだ。

阿部サダヲと松たか子の共演は、作品のジャンルや関係性が変わっても揺るがない魅力を放つ。『スイッチ』では軽妙さと温かみ、『しあわせな結婚』では緊張感と不穏さ。相反する空気感を自在に演じ分けながらも、ふたりの間には変わらぬ安心感が漂う。

だからこそ、『しあわせな結婚』を観ながら『スイッチ』を思い出す視聴者が後を絶たないのだろう。ふたりの物語を見比べれば、役柄の違いや関係性の変化だけでなく、ふたりの俳優としての幅や、関係性の奥行きがより鮮明に見えてくる。再共演は単なる偶然ではなく、必然だったのかもしれない。


ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧・Twitter):@yuu_uu_