1. トップ
  2. 朝ドラで“立っているだけ”でも印象に残る存在感「いい味出してた」「忘れられない」名俳優の“拭いきれないオーラ”

朝ドラで“立っているだけ”でも印象に残る存在感「いい味出してた」「忘れられない」名俳優の“拭いきれないオーラ”

  • 2025.8.5
undefined
『あんぱん』第17週(C)NHK

朝ドラ『あんぱん』の東京編が始まって以降、物語の本筋とはまた別に、視聴者の間で密かに注目を集めているキャラクターがいる。今田美桜演じるヒロイン・朝田のぶが出入りすることになる代議士・薪鉄子(戸田恵子)に付き従う事務補助員・世良則雄である。そして、この世良を演じているのが、俳優・木原勝利だ。一見、寡黙で礼儀正しい補助員という印象だが、その抑制された振る舞いの奥に、どこか“ただ者ではない”空気をまとわせているのが、木原の演技の妙である。

強烈な風貌と、丁寧な所作が共存する役者

undefined
『あんぱん』第17週(C)NHK

木原勝利の魅力は、まずその風貌にある。身長181センチ、長い手足に鋭い眼光。その場にすっと立っているだけでも周囲を圧倒するような雰囲気を持っている。だが彼は、その外見的インパクトに甘んじることなく、常に緻密な芝居で役をつくり上げる。

2024年放送のNHKドラマ『3000万』では、広域強盗事件の指示役というダークな人物を演じた。圧のある佇まいと、どこか人間味の薄い台詞回しは、まさに“犯罪の影を背負った男”そのもの。しかし朝ドラ『あんぱん』で見せているのは、その真逆とも言える顔だ。

薪代議士の事務補助員として、公私にわたって忠実に仕える世良は、常に冷静沈着。過度な主張や感情表現は一切ないが、その物腰柔らかな所作や的確な言葉遣いからは、ただの従者の枠に収まらない、確かな知性と覚悟が感じられる。まるで盤上の駒を動かす将棋指しのような静かな強さが、木原の芝居からにじみ出ているのだ。

「この人、一体何者?」が生まれる余白の演技

第18週「ふたりしてあるく 今がしあわせ」では、のぶの新天地・東京での人間関係が徐々に描かれ始めた。そのなかで、世良は薪代議士のスケジュールや要件を淡々とこなしながらも、ときに「(先生の)邪魔だけはしないように」と、のぶに念を押すシーンもあった。

一見すると礼儀正しい口調だが、言葉の裏に含みがあり、どこか張り詰めた緊張感が漂う。こうした“セリフ以上の空気”を成立させられるのは、木原が持つ演技の厚みゆえだ。SNS上でも「いい味出してた」「忘れられない存在感」と密かに彼の演技に注目する視聴者の声が見られる。

また、世良が発した「民の声を政治の世界に届けるためには、それ相応の地位が必要なのです」というセリフには、ある種の思想的信念さえにじむ。単なる補助員ではない、政治の裏側に深く関与する人物のにおいがするのだ。この“におわせ”こそが、木原勝利の十八番なのかもしれない。

木原勝利の芝居には、いつも現実味がある。それは彼がどんなに強烈なキャラクターを演じていても、「実際にいそう」と思わせるリアリズムを大切にしているからではないか。

朝ドラのような王道のヒューマンドラマにおいても、サスペンスやアウトロー作品においても、彼は役の内面を深く掘り下げ、キャラクターを“生きた人間”として描き出す。たとえば、無表情な時間が続いても、眉の動きや目線の揺れだけで、観る者の感情を揺さぶることができる。

今作で演じる世良もまた、その表現の極地にある。表情はほとんど変えず、抑制の効いた口調で語り、感情を表には出さない。それでも「何かを抱えている人物」であることが強く伝わってくる。まさに“見えない芝居”の名手である。

脇役でありながら、作品の温度を左右する存在

undefined
『あんぱん』第17週(C)NHK

朝ドラにおける「秘書」という立ち位置は、どうしてもストーリーの中心からはやや離れるものだ。しかし木原勝利が演じることで、世良というキャラクターは一つの軸となり得ている。

それは、彼の演技が持つ温度調整力にあるように思う。たとえば、のぶが激情を抱いている場面で、ふと視線を移した先に冷静な世良がいる。そうすると、画面に生まれる温度差がそのまま緊張感へと転化される。

演技の起伏で物語のリズムを変えるのではなく、空気の流れそのものを変えてしまう。そうした場の支配力こそ、木原勝利の演技が信頼される理由のひとつなのではないだろうか。

『あんぱん』の東京編が今後どう展開していくかは予想できないが、薪代議士やその周辺が物語の核心に関わってくることは確実だ。となれば、秘書である世良が果たす役割もますます大きくなるだろう。

表舞台には出ず、あくまで“補助員”というポジションを守り続ける世良。だが、彼の些細な一言や動きが、のぶの人生や物語全体を揺さぶる可能性がある。そんな緊張感と予感を、視聴者に自然と抱かせるのが、木原勝利という俳優の底力である。


連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_