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NHKにしか作れない“前代未聞”の社会派ドラマ 逃げ場のない現実を赤裸々に描いた“注目の一作”【NHK土曜ドラマ】

  • 2025.7.11
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『ひとりでしにたい』6月21日放送 (C)NHK/テレビマンユニオン

NHKの土曜ドラマ(土曜夜10時~)で放送されている綾瀬はるか主演のドラマ『ひとりでしにたい』は、前代未聞の社会派「終活」コメディだ。
美術館の学芸員として働く山口鳴海(綾瀬はるか)は独身の39歳。自分で購入したマンションで猫の魯山人とのおひとりさま生活を謳歌していたが、ある日、憧れていたキャリアウーマンで独身の叔母・光子(山口紗弥加)が自宅で孤独死したことを知り、ショックを受ける。
「ひとりでしにたくない」と思った鳴海は婚活を始めるが、美術館に出向中のエリート官僚・那須田優弥(佐野勇斗)から、結婚すれば将来安泰なんて昭和の発想だと言われてしまう。悩んだ末に自分は「ひとりでしにたくない」のではなく「ひとりでしにたい」のだと悟り、婚活ではなく終活を始めようとする。

他人事とは思えない独身の「終活」

本作はカレー沢薫の同名漫画をドラマ化したものだ。 終活なんて仕事を退職して人生の終わりが見えてきた時期にやるものだと思っていたが、本作を観ていると他人事とは思えなくなる。
終活について考え始めた鳴海が「親の介護」について考え出すのも実にリアルで、いずれ自分が直面すると漠然と思っていた問題が、ここまで明け透けに描かれたことに驚いた。

筆者の場合はどちらかというと亡くなった叔母の立場に近い。一人暮らしで身近に知人や家族がいるという環境ではないので、もしも心筋梗塞などで突然倒れたりしたら、誰にも発見されずに孤独死して遺体が発見されるまで時間がかかるだろうから、周囲に迷惑をかけてしまうよなぁと身につまされた。
何より辛いと思ったのは、鳴海が遺品整理している時に叔母が愛用していたアダルトグッズを発見してしまう場面。筆者も人に見られたくない仕事の資料や趣味に関連したものがたくさんあるので、せめて、荷物の整理ぐらいはしておかなきゃと思った。

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『ひとりでしにたい』6月21日放送 (C)NHK/テレビマンユニオン

こういった孤独死の問題は、独身である程度の年齢なら一度は考えたことがある切実な悩みだ。特に鳴海のようにアイドルの推し活をしていて家にグッズが溢れていたり、ペットを飼っていたりすると、悩みはより大きくなるのではないかと思う。

前クールに放送されていた膠原病の女性が薬膳料理を通して健康と向き合いながら団地で暮らしている姿を描いた『しあわせは食べて寝て待て』もそうだったが、NHKのドラマは華やかな仕事やラブストーリーとは違う日常生活のすぐ隣にある身近な問題を扱ったドラマを得意としている。
この『ひとりでしにたい』も、自分にとってはど真ん中の問題を描いてくれた作品で、楽しく笑いながらも、自分の身に照らし合わせて、真剣に観ている。 社会派ドラマと言うと国家や政治に関連する大きな事件を扱った作品を想像しがちだが、日本のテレビドラマは生活のすぐ隣にある身近な社会問題を掬い上げてきた蓄積がある。 特にNHKは数々の社会派ドラマを手掛けてきた実績と信頼があり、だからこそ「終活」を描いたドラマをプライムタイムで放送することも可能だったのだろう。

綾瀬はるかと大森美香だからこそ成立した社会派「終活」コメディ

終活という扱いの難しい題材がコメディとして成立しているのは、主演の綾瀬はるかの明るい演技と大森美香の脚本があるからだろう。
主演を務めたNHK大河ドラマ『八重の桜』を筆頭とする数々の映画、ドラマで活躍する綾瀬は日本を代表する女優だが、彼女の魅力がもっとも際立つのは『義母と娘のブルース』で演じた元キャリアウーマンのクールすぎて立ちふるまいがどこかおかしい専業主婦の亜希子さんや、現在出演している大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』で「語り」を担当している狐の神様・九郎助稲荷のようなコミカルな役を演じた時だろう。

中でも一番の当たり役だったのが『ホタルノヒカリ』で演じた仕事はできるが私生活はダラダラとしていて恋愛からも遠ざかっていた干物女の雨宮蛍だ。
『ひとりでしにたい』の鳴海も職場では仕事のできる女としてちゃんと働いているが、プライベートはグダグダで、推し活にハマり将来のことを考えていない。蛍や鳴海のような抜けたところのある女性を演じさせると綾瀬はるかはとてもチャーミングで、ずっとその姿を観ていたいと思ってしまう。

『ホタルノヒカリ』の蛍は優しい上司と同居する中で成長していくという恋愛コメディとなっていたが、『ひとりでしにたい』では年下の那須田が、実は鳴海のことを気にかけており、いっしょに終活について調べる仲となっている。
彼と付き合って孤独死の心配がなくなるといった単純な話にはならなそうだが、鳴海と那須田のボケとツッコミの応酬はとても楽しく、コメディエンヌとしての綾瀬はるかはやっぱり最高だと感じた。

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『ひとりでしにたい』6月21日放送 (C)NHK/テレビマンユニオン

一方、脚本を担当する大森美香は、NHKの連続テレビ小説『あさが来た』や大河ドラマ『青天を衝け』を筆頭とする数々のヒットドラマを手掛けるベテランだが、個人的には『カバチタレ!』や『きみはペット』といった、現代を舞台にしたコメディ色の強い漫画原作のドラマが印象に残っている。
その意味で、今回の『ひとりでしにたい』は大森の作風と相性のいい原作漫画だと言え、大森の筆致も水を得た魚のように活き活きとしている。

終活や親の介護といった身近で切実なテーマは、シリアス一辺倒で観せられると、作り手も視聴者も疲弊してしまう。だが本作のようにコメディ色が強いと作品の中に入って、笑いながら自分の問題として考えることができる。

絶妙なバランスで成り立っている、NHKにしか作れない社会派「終活」コメディである。


NHK 土曜ドラマ『ひとりでしにたい』 毎週土曜よる10時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。