1. トップ
  2. 朝ドラで魅せた派手な演出なしの“最期のシーン” 仮面ライダー出身俳優の“語らない演技力”「頭が下がる」「名演」

朝ドラで魅せた派手な演出なしの“最期のシーン” 仮面ライダー出身俳優の“語らない演技力”「頭が下がる」「名演」

  • 2025.6.30
undefined
『あんぱん』第12週(C)NHK

終戦から80年という節目の年に、戦時中の描写に真正面から取り組んだ朝ドラ『あんぱん』のなかでも、視聴者の心に強く刻まれたのが、濱尾ノリタカ演じる岩男の最期のシーンだった。嵩(北村匠海)やのぶ(今田美桜)の同級生であり、かつてのガキ大将だった岩男。物語序盤では、蘭子(河合優実)へプロポーズするなどコミカルな立ち位置にいた岩男だが、戦地・中国で出会った少年リン(渋谷そらじ)との交流を経て、静かに成長を遂げていく。

戦争の悲劇のなかに咲いた“陰影の演技”

リンによって放たれた銃弾に倒れる瞬間、岩男は嵩に「リンはよくやった」と静かに伝え、息を引き取った。決して大袈裟な、派手な演技ではない。しかし、その抑制された表現のなかに宿った真実味と切なさが、観る者の心を震わせた。

感情の頂点を、正面からぶつけるだけが演技ではない。濱尾ノリタカの演技はむしろ、そこから距離を取る。視線をわずかに外し、横顔のまま語ることで、感情の「揺らぎ」だけを画面に漂わせる。真正面からの叫びよりも、横顔ににじむ逡巡、息も絶え絶えに口にする言葉のほうが、ずっとリアルに感じられる瞬間がある。彼は、その「余白」の力を知っている俳優だ。

たとえば、岩男がリンの言葉を受け止めるとき、あるいは自らの死期を悟った瞬間。彼の表情には、怒りも涙もない。ただ一瞬だけ、頬がわずかに動き、目線が泳ぐ。それだけで充分に伝わる。

「この人は、いま恐怖と後悔と、安堵のはざまで揺れているのだ」と、観る側が自然に読み取ってしまう。演技が説明ではなく共感を生むとき、それは俳優の身体そのものが語っているのだ。

キャラクターの奥行きを生む「抑制された熱」

岩男というキャラクターは、元来はお調子者で、ちょっと抜けているが愛されるタイプだ。しかし戦地では、彼の内面が静かに剥き出しになる。少年リンを通して、彼は初めて誰かの父になろうとする。そしてその姿は、彼自身も知らなかった感情を呼び覚ます。

濱尾ノリタカは、この変化を声ではなく、まなざしと姿勢で描ききって見せた。拳を振り上げるでもなく、叫ぶでもなく、ただ佇むことで「人は変われる」ことを証明してみせた。戦争の理不尽、命の重み、育つとは何か。それらを語らずに伝える演技。それは、容易なことではない。SNS上でも彼の演技については「役作りに頭が下がる」「名演すごい」と好評の声が続く。

仮面ライダーから“間”の俳優へ

濱尾ノリタカといえば、特撮ドラマ『仮面ライダーリバイス』のジョージ・狩崎役で一躍注目を集めた俳優だ。科学者にしてオタク気質、ハイテンションなキャラクターという真逆の役柄からスタートし、その後もドラマ『マイ・セカンド・アオハル』ではムードメーカーの寛太役など、軽妙な役どころもこなしてきた。

だが『あんぱん』の岩男役は、これまでの彼の演技とは異なるベクトルを要求した。静かで、抑えられていて、重みのある演技。役者にとって間を生かすことは、もっとも難しい課題のひとつである。台詞の間、呼吸の間、相手役の反応を待つ間。そのどれもが、芝居のリアリティを左右する。濱尾はそれを、見事に自分のものにしていた。

特撮の現場で培った「タイミング」の精度。それが、沈黙の演技へと転化された結果が、今回の岩男に繋がっているように思える。

『あんぱん』という作品は、戦争を単なる背景としてではなく、人間の心を軸に描くことを選んだ。そのなかで、岩男という存在はある意味で悲劇の証人でありながら、同時に未来への希望でもあった。彼がリンを守ろうとした行為は、自分がかつて奪われた、いわば無垢への返歌とも言える。

濱尾ノリタカは、そうした複層的な心情を、あくまで自然体で演じた。泣き崩れたり叫んだりせず、ただ目の奥に宿る想いだけで物語を動かした。「声」でなく「沈黙」で語る俳優。そこには、年齢やキャリアに関係なく、演技に対する覚悟と誠実さが感じられる。

濱尾ノリタカの演技には、観る者の想像力を信じる力がある。彼はすべてを語らない。だからこそ、その芝居は受け手のなかでふくらみ、残響を生む。真正面でなくても、画面の隅にいても、確かに存在している。そして静かに、物語を動かしている。

『あんぱん』の岩男役をきっかけに、濱尾ノリタカは余白の演技で勝負できる俳優として、一段階ステップを上がった。これから彼がどんな沈黙で、どんな横顔で私たちに物語を語ってくれるのか。静かに、そして楽しみに見守りたい。


連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_