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平成から令和へ… 現代だからこそ刺さる“言葉の危うさ”を描いた注目作 ポップなのに鋭さが光る『NHKドラマ』

  • 2025.6.27
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ドラマ10『舟を編む ~私、辞書つくります~』第1話 6月17日放送(C)NHK

2024年にNHK BSで放送され、今年の6月17日からNHK総合で放送されている『舟を編む ~私、辞書つくります~』は、辞書編集部を舞台にしたお仕事モノのドラマだ。

大手出版社・玄武書房のファッション誌編集部で働いていた岸辺みどり(池田エライザ)は雑誌が廃刊となったことをきっかけに、辞書編集部へ異動となる。
辞書編集部は、中型国語辞典『大渡海』を編纂するための部署で、辞書に収録する言葉のことばかり考えている真面目な編集部主任の馬締光也(野田洋次郎)、事務作業を行う契約社員の佐々木薫(渡辺真起子)、大学院生のアルバイト・天童充(前田旺志郎)の3人と、元・辞書編集部員で現在は社外編集者の荒木公平(岩松了)と『大渡海』の監修を担当する日本語学者の松本朋佑(柴田恭兵)の5人のチーム。

常に時代の最先端の空気に触れているファッション誌の世界から、地道な作業を長い時間かけて行う辞書の世界にやってきた岸辺は、辞書編集部のノリに初めは戸惑うものの、馬締たちの言葉に対する真摯な態度に感銘を受けるようになり、試行錯誤を繰り返しながら言葉の海に乗り出していく。

物語は岸辺が異動になった2017年から始まり、辞書が刊行される2020年までの長い道のりが描かれる。辞書編纂という出版業界の中でもあまり知られてない仕事の内幕を様々な角度から描いた本作は、お仕事モノの名作であると同時に平成末から令和にかけての出版業界と日本社会の変化を捉えた近過去を描いた歴史ドラマとして楽しむこともできる。

原作小説とは違う、ドラマ版ならではの魅力

原作は2011年に刊行された三浦しをんの同名小説。2013年に映画化され、2016年にアニメ化された話題作だが、今回のドラマ版は物語の舞台を2017年以降の現代に変え、主人公を馬締から岸辺に変更するという大胆な脚色が施されている。

その結果、辞書編集という地味で淡々とした仕事を長い時間かけておこなうことによって生まれる静かで美しい世界を描いた原作小説(と、その世界観を映像化した映画やアニメ)の世界を、外側から眺めて新たな解釈を施す批評的な視点が生まれていることがドラマ独自の魅力だろう。

脚本を担当した蛭田直美は、NHK BSで執筆したオリジナルドラマ『しずかちゃんとパパ』が高く評価されて以降、『ウソ婚』や『あの子の子ども』といった少女漫画原作のドラマや、子育てと選挙を題材にしたドラマ『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』といった傑作ドラマを次々と手掛けている、注目すべき脚本家だ。

どの作品もポップで明るい語り口の物語だが、その背後に現代社会に対する問題意識が描かれているのが大きな特徴だ。

今回の『舟を編む』も物語のトーン自体は明るく楽しいのだが、現代人の日本語に対する意識の低下がもたらす加害性という難しいテーマに切り込んでおり、劇中では岸辺みどりが何気なく使っている雑な言葉の背後にある暴力性が、他者を傷つけていたという場面が描かれる。

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ドラマ10『舟を編む ~私、辞書つくります~』第1話 6月17日放送(C)NHK

本作では、言葉に対する感度が浅いがゆえに、ついつい雑で暴力的な言葉を使ってしまい、無自覚に大切な人を傷つけてしまう岸辺が、辞書編集部で言葉の奥深さに触れることで、人間として成長していく姿が描かれている。

彼女のような表面的には華やかで一見、社会に溶け込んでいるように見えている人たちの心の奥底にある「自分の言葉を持たない人が抱えている問題や不安」を描き出していることが、ドラマ版『舟を編む』の魅力だろう。その結果、万人に訴える普遍的な作品に仕上がっている。

辞書を引くことで気持ちを「言語化」していくドラマ

近年「言語化」という言葉がビジネス界隈で頻繁に使われるようになっており、言語化の方法を解説するビジネス書が多数出版されるようになってきている。 その一方で、日常的に用いられる言葉の多くが「ヤバい」「うざい」「とりま」といった感じで簡略化され元の意味がわからない状態で流通していたり、岸辺が無自覚に使っていた「なんて」のように、本人の意図しないところで相手を傷つけてしまうことが増えている。

どちらも言葉に対する現代人の混乱や戸惑いの現れだが、『舟を編む』は、岸辺が辞書を引くことで言葉の持つ本来の意味と正面から向き合い、自分の気持ちや考えを「言語化」していくプロセスが丁寧に描かれており、物語を通して我々にとって「言葉とは何なのか?」と改めて考えさせてくれる。

その意味でとても難しいテーマを扱っている作品なのだが、とっつきやすく、ポップで楽しいお仕事ドラマに仕上がっているのが本作の魅力だろう。

観終わった後、改めて辞書を引いて言葉の海に浸かりたくなるドラマである。


NHK ドラマ10『舟を編む ~私、辞書つくります~』毎週火曜よる10時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。