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ほぼ“3人だけ”で成立した26年前の名作ドラマ 圧倒的な完成度で成し遂げた“大人のラブコメディ”

  • 2025.6.25

1998年に放送された三谷幸喜脚本の連続ドラマ『今夜、宇宙の片隅で』は、ニューヨークを舞台にした大人のラブコメディだ。
ニューヨークの映画会社で働く小菅耕介(西村雅彦、現・西村まさ彦)は、同じアパートに住んでいるヘアメイクアシスタントの川上真琴(飯島直子)にあこがれていたが、真面目で引っ込み思案な小菅は、うまく距離を縮めることができずにいた。
そんなある日、小菅の大学時代からの友人でフリーカメラマンの樋口紀人(石橋貴明)が小菅のアパートを訪問した際に真琴と接触。樋口は小菅の恋を応援しようと真琴と話すきっかけを作ろうと仲良くなるが、プレイボーイの樋口の魅力に真琴がどんどん惹かれていき、次第に小菅は疎外感を抱きはじめる。

物語は小菅、樋口、真琴の三角関係をコメディタッチで描いた大人のドラマで、三谷ドラマの中でここまでラブストーリーをやりきった作品は他にないのではないかと思う。

三谷幸喜の演劇的手法の極北といえる3人のドラマ

また、本作は木曜劇場(フジテレビ系木曜夜10時枠)という地上波のプライムタイムで放送されたのだが、メインの登場人物がたった3人で、他に大きな役割(といっても1話の中で少ししか登場しない)を持った人物は日本食スーパー「楠」の雇われ店長(梅野泰靖)ぐらいという、登場人物の少なさが異例だった。

舞台出身の三谷は、演劇的な手法を持ち込むことで、独自のテレビドラマを生み出し、90年代に次々と話題作を発表していったが、時間と場所が限定された空間で少人数の登場人物が織りなす群像劇を得意としている。 当時の三谷のドラマは引き算で成り立っており、出世作となった『古畑任三郎』シリーズも『王様のレストラン』も登場人物が少ない。 無駄な要素を削ぎ落としたスタイリッシュな作風で、そのこじんまりとしたサイズ感がとても新鮮だった。

『今夜、宇宙の片隅で』は、その極北と言える作品で、舞台はニューヨークと謳っているが、基本的な物語はアパートの一室で展開され、主要人物は3人。
普通の脚本家なら不自由過ぎてすぐに書けなくなりそうだが、むしろ最小限の要素しかないからこそ登場人物を深く掘り下げることができるというのが、三谷の作家としての凄さで、こういう作品を見るとストーリーテラーとして天才だと感じる。

序盤は、真琴の突飛な行動に小菅と樋口が振り回される姿がコメディタッチで描かれるのだが、やがて真琴は職場のボスと不倫関係だったことが明らかとなっていく。謎めいていた彼女の素性が軽妙な会話劇の中で少しずつわかっていく過程は、警部補の古畑任三郎(田村正和)が犯人を追い詰めていく時の会話のトーンにそっくりで、事件の起こらない『古畑任三郎』を観ているような面白さがある。

三谷ドラマの裏主人公だった西村雅彦がついに主人公に

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(C)SANKEI

小菅を演じる西村は、三谷が主宰する劇団「東京サンシャインボーイズ」に所属していた俳優で、当時の三谷作品では重要な役を任される裏主人公的存在だった。
西村は三谷の演劇的センスを体現できる存在として活躍し、時に主役以上の存在感を示す名バイプレイヤーとして三谷作品を支えてきた。

そんな西村が満を持して三谷ドラマの主演を務めたのが本作だが、彼が演じる小菅は劇中では徹底して卑屈で情けなく、いじけた振る舞いをしながらも真琴のことを思う愛すべき小者として描かれている。一方、親友で恋のライバルとなる樋口はコミュ力が高く女にモテるプレイボーイだが、小菅に対しても紳士的に接する優しい男で、男から見てもとても魅力的。

3人はルームメイトとなって同じアパートで暮らし始めるのだが、やがて樋口と真琴がくっついてしまう。それでも二人は友達として小菅と仲良くしようとするのだが、それが逆に小菅のことを傷つけてしまう様子がコメディテイストで描かれるのだが、このあたりの恋愛描写はとてもリアルで、大人の恋愛ドラマだと感じる。

物語のベースとなっているのは、ビリー・ワイルダーの映画『アパートの鍵貸します』を筆頭とする往年のハリウッド映画で、各話で言及されたハリウッド映画のエピソードがドラマ本編とリンクしているという作りになっている。 その意味で三谷が得意とするクラシカルなハリウッド映画のリメイクとしての側面が強いドラマだが、ニューヨークで暮らす日本人3人の物語として描かれているため、三谷の中にある「強くて立派なアメリカ人に憧れる、卑屈でいじけた日本人としての私」という自意識が強くにじみ出ている。

3人の恋愛模様を描いた完成度の高い喜劇として観ても面白いが、90年代後半のニューヨークで働く日本人のアメリカに対するコンプレックスが記録された作品として見ても面白いドラマである。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。