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90年代に放送されるも埋もれてしまった“不完全な傑作ドラマ” 理解されずに悔いが残った“脚本家の本音”

  • 2025.6.24

1997年に三谷幸喜が脚本を手掛けたドラマ『総理と呼ばないで』は、首相官邸を舞台にしたホームコメディだ。
主人公の内閣総理大臣(田村正和)は総理候補だった政治家が汚職事件で脱落したことで、次の選挙までの繋ぎとして首相となったが、無学でワガママで怒りっぽい短気な性格だったため、国民からの人気は低く、支持率は歴代最低だった。
せめて歴代最低の短期政権という汚名だけは防ごうと思った総理は、総理令嬢(佐藤藍子)の家庭教師だった政治学を勉強する24歳の大学院生を内閣官房長官(筒井道隆)に任命するも、支持率は上がらずに、どんどん人気は下降していく。

三谷ドラマの集大成としての政治コメディ

本作は政治を題材にしたコメディだ。登場人物の名前は副総理(藤村俊二)、首席秘書官(西村雅彦、現・西村まさ彦)など役職で呼ばれており、物語は、首相官邸で起こる内閣の仕事にまつわるゴタゴタと総理夫人(鈴木保奈美)の浮気による家出騒動や、総理令嬢が劇団の座長と恋に落ちたことから起こるトラブルなど、総理一家にまつわる物語が同時進行で描かれていく。

『古畑任三郎』の田村正和が主演を務める本作は、当時の三谷ドラマの集大成とも言える豪華な座組で、ダメ総理が成長していく姿は『王様のレストラン』の舞台を官邸に置き換えたヒューマンドラマだと言える。 だが、三谷は本作をシットコム(シチュエーションコメディ)にしようと考えており、登場人物が全く成長せずにくだらないことを延々と繰り返す「乾いた笑い」を狙っていたそうだ。しかし、当時のスタッフにシットコムを理解しているものがいなかったため、作品の意図が伝わらなかったようで、彼の中では悔いが残るドラマとなっている。

90年代の三谷ドラマは『振り返れば奴がいる』、『古畑任三郎』、『王様のレストラン』のような大ヒット作がある一方、『竜馬におまかせ!』や『今夜、宇宙の片隅で』のようなヒットに恵まれなかった作品がある。 『総理と呼ばないで』は後者の筆頭と言える作品で、スタッフとの意思疎通がうまくいかなかったこともあり、今ではあまり語られることがない忘れられた作品となっている。

だが、三谷の作品はどれも個性的で見応えがある。同時に作品構造がシンプルでわかりやすく、いい意味でクラシカルな作りとなっているため、何年経っても色褪せない。むしろ時代を経た現在見る方がしっくりと来る場面も多かったりする。 『総理と呼ばないで』はその筆頭で、政治との距離感が90年代よりも身近になっている令和の現代に観た方が、ピンと来る場面が増えている。

例えば第4話では、巨大隕石落下によって、危機管理対応メンバーが招集され総理のイメージアップのために被災地に視察に向かうかどうかを議論する場面が描かれる。
おそらく1995年の阪神・淡路大震災の時の内閣の対応から着想を得た話だと思うのだが、2011年の東日本大震災以降、大地震に政府が対応する自体が増え、その度にいろいろな問題が起きている中で本作を見ると、とてもリアルに感じる。

結局、物語は隕石が小さなもので被害が大したことはなかったというオチがつく。今、放送すると不謹慎だと批判されそうだが、政治を題材にしたコメディをあの時代に放送した英断は支持したい。

コメディエンヌとして魅力的だった鈴木保奈美

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(C)SANKEI

また、三谷自身は不満があるようだが、総理一家のヒューマンドラマとしての部分も面白い。特に素晴らしいのが、鈴木保奈美が演じる総理夫人。当時の鈴木は野島伸司脚本のドラマ『この世の果て』などで主演を務めておりシリアスな役を演じる女優という印象が強かった。だが、彼女はとてもコメディセンスのある女優で、見た目は華やかだがコミカルな立ち振舞いがかわいさに繋がっていて嫌味にならないというのが『東京ラブストーリー』等のドラマで見せた彼女の魅力だった。

『総理と呼ばないで』はそんな鈴木のコメディセンスが爆発しており、一見ドライに見えるが実は信頼関係のある総理との夫婦関係がとても魅力的に描かれていた。 一方、鈴木とは対称的な描かれ方をしたのが、鶴田真由が演じたメイドだ。
おっとりした性格ですぐに失敗するドジっ子なのだが、天然で素直なところがあり、家出して行方不明となった総理夫人の代理を務めた際には、外国大使夫妻に気に入られた。

女性キャラクターに関しては批判的に語られることの多い三谷ドラマだが、本作の鈴木保奈美と鶴田真由は素晴らしく、女優の魅力を見事に引き出していたと言える。

最終的に総理は、首席補佐官(小林勝也)の起こした暴力団との癒着事件について証人喚問で追求されて内閣総辞職となる。だが、証人喚問で総理は自分が事件の首謀者、長老からも指示があったと嘘の証言をすることで、与党の人気を失墜させて野党に政権を移譲するというアクロバティックなやり方で政治改革を達成する。

そして退陣の会見で総理は、国民に対して日本国憲法の前文を引用し、政治に失望しないでほしいと訴える。このシーンは田村正和のエレガントな演説が素晴らしく、本作最大の見せ場となっている。 感動させるつもりはなかったと三谷は言うかもしれないが、それでも政治の可能性を訴える総理の言葉からは、三谷の政治に対する強いメッセージが伝わってくる。

コメディとしてはうまく行かなかったかもしれないが政治ドラマとしては珠玉の仕上がりだったと言えよう。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。