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彼女の卵焼きを「まずい」と送った俺が、洗った保存容器を返すときに言えなかったこと

  • 2026.10.20
ハウコレ

定食屋で甘い卵焼きを頼んだのは、自分の舌を確かめるためでした。けれど札が入るように撮った写真は、彼女にまったく別の意味で届いてしまいます。

紙袋から出した保存容器は2つで、片方に卵焼き、もう片方に煮物が詰めてありました。会社の休憩スペースで卵焼きをかじると、覚えのない甘さ。箸を持ったまま、片手でスマホを開いていました。

父の口ぐせだった一文

実家の卵焼きは、いつも塩気のあるだし巻きでした。父は機嫌の悪い日に限って、食事の途中で箸を置き、母にこう言っていました。

「お前の作った飯、まずい」

母は笑って聞き流し、次の日には別のおかずを並べる。子どもの頃の俺には、それが家族の普通の会話に見えていました。

彼女に送った文面は、今思えばその言い方そのままでした。驚いた勢いで打って送り、2切れ目を口に入れると、甘さにはもう慣れていました。煮物まで残さず食べ終えたのに、送ったものを取り消すほどのことだとは思っていませんでした。

打っては消した返信

返信は、休憩が終わる前に届きました。

「そっか。もう作らないね」

いや、食べたけど。そういう意味じゃなくて。そう打っては消しました。ではどういう意味だったのか、自分でも説明できなかったからです。

既読をつけたまま、3日が過ぎました。彼女は今頃、自分の送った一文をどう受け取っているのだろう。

謝らなければいけないことは分かっていました。それでも、なぜ一口食べただけで「まずい」と決めつけたのか、理由が見つかりませんでした。まずは甘い卵焼きをもう1度食べてみようと思ったのです。

卓上の札に書かれていた味

会社の近くで、甘い卵焼きを出す定食屋を探しました。焼き魚の定食に卵焼きを付けて頼むと、卓上には甘い卵焼きと書かれた札が立っています。

1切れ目はやはり甘く、2切れ目には、あの日と同じように慣れていました。甘さは少し強いものの、彼女の卵焼きと同じ、砂糖の効いた味です。驚きはしても、まずかったわけではない。そこでようやく、自分の打った文面の正体が見えました。

札が入るように写真を撮り、同じ甘い味だと伝わるつもりで送信。

「今日の昼、これ頼んだ」

届いた返事を読んで、写真がどう見えたのかに気づきました。

「お店のなら食べられるんだね」

慌てて、2通続けて送りました。

「違う。同じ味か確かめたかった」「まずいって言ったの、取り消させて」

次に届いたのは、味とは別の話でした。

「まずいより、お前って言われたのが嫌だった」

普段は名前で呼んでいる彼女に、あの日だけ父の言葉が丸ごと出ていた。母が笑っていたのは本当に平気だったからなのか、俺は1度も聞いたことがありませんでした。父のことを書きかけては消し、短く返しました。

「ごめん。もう言わない」

そして...

次に会う日、いつもの改札で彼女と会いました。洗った保存容器を入れた紙袋を差し出し、口にしたのはこれだけです。

「これ、ありがとう」

全部食べた、おいしかった。そう言うつもりで持ってきたのに、彼女が小さくうなずいて受け取るのを見て、続きを言いそびれました。

家の冷蔵庫には、自分で焼いてみた卵焼きが1切れ残っていました。砂糖をどれだけ入れるのかも、父の口ぐせのことも、彼女にはまだ話せていないままでした。

(20代男性・営業職)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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