1. トップ
  2. エピソード
  3. 赤信号のたびに彼女の手を離していた僕が、改札で「いつも、ありがとう」と言った理由

赤信号のたびに彼女の手を離していた僕が、改札で「いつも、ありがとう」と言った理由

  • 2026.10.20
ハウコレ

その日、青信号に変わっても彼女の手は伸びてきませんでした。改札の前で僕が言えたのは、一番大事な理由を抜いた短い言葉だけ。あの手を待つばかりだった自分に、その日ようやく気づいたのです。

ズボンの右ポケットには、折りたたんだハンカチを1枚入れていました。赤信号で立ち止まるたび、そこへ右手を入れるのが癖。青に変わると、先に手を伸ばしてくるのはいつも彼女のほうでした。

体育祭で言われた一言

きっかけは中学の体育祭です。フォークダンスで手を取った同級生に、小さな声で「ちょっと湿ってるね」と言われました。笑いまじりの声で、悪気はなかったのだと思います。

それ以来、手のひらが気になるようになりました。歩いている間は平気でも、立ち止まると意識がそこへ集まってしまう。だから信号で止まるたびに手を離し、右手をポケットに入れて、外から分からないようにハンカチで手のひらを拭いていました。

彼女とは付き合って8か月。拭き終えてポケットから手を出すと、彼女の手が僕の手をつかんでいました。拭いたばかりの手でよかった。そうほっとして歩き出すのが、いつの間にか当たり前になっていました。

伸びてこなかった手

駅前の大きな交差点で赤信号につかまったのは、彼女の最寄り駅まで手を繋いで歩いていた途中のことです。いつものように手を離し、ポケットの中で手のひらを拭きながら信号を見上げていました。

青に変わると同時に、周りの人たちが一斉に歩き出しました。いつもの手が来ないまま、人の流れにつられて2、3歩。振り返ると、彼女の両手はカバンの持ち手の上に重なっていました。

「行かないの?」

「行くよ」

改札の前で言えなかったこと

並んで横断歩道を渡り、そのまま駅までの道へ。途中で一度、右手を彼女のほうへ伸ばしかけて、やめました。拭いてから、少し時間がたっていたからです。湿っていたら、と思うと、手は元の位置へ戻っていました。

そのとき初めて、彼女の手が来るのを待つばかりだった自分に気づきました。手のひらばかり気にしている間、繋ぎ直す役を8か月ずっと彼女に任せきりにしていたのです。

改札の前で足を止めました。

「いつも、ありがとう」

「何が?」

体育祭の話から始めるには、改札の前は短すぎました。

「なんでもない。またね」

ICカードをかざして、ホームへ続く階段を上りました。

そして...

次のデートで、最初の赤信号につかまったときのことです。いつものようにポケットで手を拭き、今度は青に変わる前に、自分から手を出しました。彼女は僕の手を少し見てから、そっと握ってくれました。

ハンカチは、今もポケットに入っています。体育祭の話は、まだできていません。

(20代男性・会社員)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ