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アート鑑賞で脳が育つ? 専門家がひもとく「美」とウェルビーイングと脳の関係

  • 2026.10.2

脳は生涯変わり続ける。そして、その変化を後押しするひとつが「美」かもしれない。「美しい」という感覚は、脳にとってどのような意味を持つのか。慶應義塾大学の川畑秀明先生に聞く。

話を伺った人...
川畑秀明(HIDEAKI KAWABATA)
: 心理学者。慶應義塾大学文学部教授。九州大学大学院人間環境学研究科博士課程修了。ロンドン大学認知神経学研究所などを経て現職。専門は感性心理学・認知神経科学。美やアート、対人魅力を感じるときの心と脳の働きを解明する研究を行う。著書に『脳は美を感じるか──アートの脳科学』(ちくま新書)など。

「美しい」。そのとき、脳は“ご褒美”を受け取っている

John Lamb / Getty Images

大盛況のうちに閉幕した「大ゴッホ展」、「ロン・ミュエク展」(〜9/23、森美術館)。意欲的な個人ギャラリーやパブリックアート。アートが多様化し、身近になる今、脳における“美”の可能性とは?

「まず、『美しい』という感覚は、絵画や彫刻といった造形美だけではなく、アスリートが跳躍する姿、数学者にとっての数式、外科医にとっての研ぎ澄まされた手技など、“人それぞれ”。そして、私たちが『美しい』と感じるとき、脳では前頭葉の下にある内側眼窩前頭皮質という領域が活動します。じつはこの部分は、音楽でも、数式でも、『欲しい』『望ましい』と感じるときにも働くことが知られています。つまり、美しさへの反応と、何かを欲する反応は、共通する脳領域が活動するのです」とは、脳科学の視点で“美”とウェルビーイングの関係を研究する慶應義塾大学の川畑秀明先生だ。

そして、脳が感じる美しさは、社会的・文化的な報酬だという。「報酬とはお金に限らず、私たちが生きるうえで価値を感じるもの。わかりやすく言い換えると“ご褒美”。また、『顔の魅力』と『アートの美しさ』に対する人の反応を比較した研究では、魅力はわずか20分の1秒で判断されるのに対し、アートや音楽は、もう少し時間をかけて処理されることがわかっています。生物学的な欲求の対象である魅力は瞬時に脳に伝わる一方、アートの美しさは、じっくりと価値づけされるのです」

「美」に触れることは、脳を育てること

Pressmaster / Getty Images

“美しい、望ましい、欲しい”をもたらすモノ・コトが脳のご褒美になる。それでは、思わず考えさせられてしまう芸術表現は脳にどのように働くのだろうか。「マルセル・デュシャン以降、アートは技巧の表現ではなく、思考や考え方の表現にもなってきました。現代アートには、『UNTITLED(無題)』という作品もありますよね。すると、鑑賞する人は、感情の迷子になりながらも、時間をかけて“文脈”を理解しようとする。その過程はまさに学びであり、脳に新たな視点や解釈をもたらします」

そして、一見、美しさと距離がありそうな運動についても言及。「運動は、情緒的な幸福感を高め、精神疾患のリスクを低減する可能性や、記憶に関わる海馬によい影響を与えることなどが知られています。近年、心理学やビジネスシーンで使われるレジリエンス(しなやかさ、打たれ強さ)においても、体を動かすことが重要だといわれています。といっても、ここでいう運動とは、テニスやジョギングなどの意識的に行うスポーツばかりでなく、家事や通勤通学の歩行のような日常的な『非運動活動』のこと。じつは、非運動活動の量と、眼窩前頭皮質のすぐ上にある脳の領域の体積には、相関関係があることがわかっています」。それゆえ、美術館で歩き、立ち止まり、鑑賞する時間もまた、立派な非運動活動のひとつだという。

「先日、数年ぶりにウィーンを訪れ、ベルヴェデーレ宮殿でクリムトの『接吻』の前に立ちました。ウィーンで育ったクリムトの作品を、ゆかりの地で見る。ただ絵画を見るだけでは得られない何かを感じました」と川畑先生。私たちの脳は、「美」に出合うとき、社会と文化に根ざした価値づけを行い、快さを感じる。そして、その背景にある物語をとらえようとする。より豊かに、よりよくあるために、私にとっての美しさを日常のなかに増やしていきたい。

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幸せは、感じるものか、育てるものか?

ウェルビーイングには、2つの幸福の種類があるという。ひとつは、欲しいものを手に入れて気分が高まる快楽的幸福、ヘドニア。もうひとつは、しみじみと豊かさを感じる幸福、ユーダイモニアだ。物質的な豊かさであるヘドニアに対し、ユーダイモニアには、時間をかけて価値を実感していくプロセスがあると語る川畑先生。

「例えば、自然を愛する人は、自然とのつながりの中で人生の意味を深く考える傾向にあり、それがウェルビーイングにつながるという研究があります。ほかには、芸術の鑑賞・創作を愛する人は、より社会的で、ボランティアなど利他的な活動に積極的であることが知られています。さらに、自身を実年齢より若々しい存在ととらえ、そのように振る舞うことが脳にポジティブな影響をもたらすという報告も。これらに共通するのは、『価値づけをできる自分であること』です」。ヘドニアとユーダイモニアの間にある、忙しい日々。ウェルビーイングの在り方を改めて考えてみたい。

From Harper's BAZAAR October 2026

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