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「日本アニメ映画史に残る大傑作」「一度観たらしばらく観られなくなるくらいの衝撃」――弱冠29歳の監督が描く『我々は宇宙人』が「小学生時代の記憶の扉」をこじ開ける【レビュー】

  • 2026.9.25
©NOTHING NEW, MIYU PRODUCTIONS
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とにかく、できるだけ早く、そして絶対に映画館で観てほしい――心からそうお願いしたい映画がある。それは、1996年生まれで弱冠29歳の門脇康平監督が、企画として立ち上がってからおよそ5年の歳月を捧げて完成させた、手描き長編アニメ『我々は宇宙人』(配給 : TOHO NEXT・NOTHING NEW)だ。

『リリイ・シュシュのすべて』をも連想した「心をえぐられる映画」

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そのクリエイターが注いだ情熱と時間、いや執念以上に、本作は唯一無二の感動と衝撃を与えてくれる。

実際に試写では「日本アニメ映画史に残る大傑作」「一度観たらしばらく観られなくなるくらいの衝撃」「途方もない映像体験を約束します」「こんなに有意義な映画が世界にあることが嬉しい」など絶賛の嵐。筆者個人としても2026年の映画No.1は本作に「決定」。生涯でも3本の指に入る大傑作だった。

ただし、「心をえぐられる映画」であることだけはご留意いただきたい。誰もが経験し得る「痛み」を、物語上でも、アニメとしての表現としても、容赦なく描いており、おそらく「小学生時代の(つらい思い出も込みの)記憶の扉」を開いてしまうだろう。思わず逃げ出したくなったり、本気で胸が苦しくなる人もいるだろう。

小学3年生の子どもの日常をつづっていながらも、どちらかと言えば大人向けの内容ではある。青春の「暗黒部分」を切り取るような作風から岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』を連想したし、後述するように小学生時代のノスタルジーを喚起させる内容から同監督の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を思い出す人もいるはずだ。

ハードルは高くないし、必要な誰かに届いてほしい

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一方で、本作は楽しむためのハードルが高いわけでもない。アニメとしての圧巻な表現だけでも観る価値はあるし、美しくも楽しい場面もある。構成と脚本が練りに練られていてミステリー的な引っ張りが上手く、ハラハラするシチュエーションもあってエンタメ性は高い。

なにより、辛らつなようでいて、実際はとても優しい映画でもあると思う。この映画が必要な誰かに届いてほしいと、心から願うことができた。

意図的に強いストレスを与える、恐ろしい心理をも描いているのは事実だが、それも作品に必要なものであるし、それも含めて映画館で体験することに意義がある。なお、PG12指定の理由は「20歳未満の喫煙の描写がみられる」というもので、表面的なグロテスクな描写や性描写はほぼ皆無だ。

しかも、本作は原作のない完全オリジナル作品でもある。「才能が潰されない世の中を」目指して2022年に設立された映画レーベル「NOTHING NEW」の作品は、今年7月に公開されたばかりのホラー映画『チルド』もオリジナルかつ「観る前に戻れなくなる傑作にして問題作」だったが、この『我々は宇宙人』もまた「観た後は世界が変わって見える」という傑作の条件を満たしていた。

さらに、本作は「ネタバレ厳禁」の作品でもある。とにかく初見の驚きを大切にしていただきたいし、ネタバレを踏む前に劇場に駆けつけていただきたいのだ。そのことを踏まえて、本編の内容へ踏み込みつつ、本作のさらなる魅力をまとめていこう。

※以下、映画『我々は宇宙人』の決定的なネタバレを避けつつ、一部内容に触れています。

『ルックバック』をほうふつとさせる、小学生時代のかけがえのない時間

©NOTHING NEW, MIYU PRODUCTIONS
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あらすじはこうだ。平成のとある田舎町で、内気で普通であることに悩む少年・翼は、小学3年生の春に明るく特別な存在の暁太郎と親友になる。しかし、ある日を境に暁太郎はクラスの中で浮いた存在となり、心のない噂や視線が彼の心をむしばんでいき、ついには取り返しのつかない出来事が起こってしまう。

そうした流れから、多くの人が連想するのは、現在実写版が公開中の『ルックバック』だろう。かたや孤独を抱え、かたや人気者の対照的な小学生2人が「かけがえのない友情を育む時間」と、決定的な「すれ違い」、そして「決定的な出来事」が待ち受けていることなどが共通しているし、絵画的かつリアリズムを感じる絵柄もどこか似ている。

さらに、表面的な物語や表現だけでなく、「どうしようもなく残酷な世界でも、それでも生きていかなければならない」というような、絶望と表裏一体の希望を描くことも、両者で一致しているのではないか。

なお、『ルックバック』の原作者である藤本タツキも本作に「僕は超超大大大好きな映画でした。絶対に何回も見に行きます!」など絶賛のコメントを寄せている他、対談の動画も公開されているので、併せて参照しておくとよりクリエイターとしての共通した姿勢を感じられるのかもしれない。

「男子小学生あるある」の解像度の高さ

©NOTHING NEW, MIYU PRODUCTIONS
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一方で『ルックバック』と異なる(あるいは部分的に重なっている)のは、思わず「あるある」とつぶやきたくなるほどの「男子小学生ムーブ」の解像度の高さだ。

例えば、「はいバリヤー!」「バリヤーなんてないよ」という掛け合いや、「傘ひっくり返す俺プロじゃね?」というイキり方など、「似たようなことを言ったことがある」「周りの子どももそういうこと言っている」などと、懐かしくなったり、あるいは気恥ずかしくなったりする人もいるだろう。

さらに、(2000年前後に小学生だった)今の30歳前後の人の子ども時代を「狙い撃ち」にしてくる「コラショ(進研ゼミ小学講座のマスコットキャラ)の目覚まし時計」や「旧型のニンテンドーDS」も登場する。

しかも、セリフだけでなくシチュエーションにもこだわっており、「終業式を終えて大量の傘を両腕にぶら下げながら自動販売機を横目にしながら帰宅する」場面は特に象徴的だ。

この場面について、門脇康平監督はXで「夏休みを目前にして最初の試練は、溜め込んだ置き傘等をクソ暑い中持って帰る事。自販機見て『飲みたい時いつでもこれを自由に買って飲める大人はいいなぁ』と思ったのをよく覚えている。そういう、あったな…な尊い瞬間の数々を5年かけて詰め込んだ宝石箱の様な映画、それが『我々は宇宙人』」とも語っている。

まさにその通りで、「あったなぁ、こういうこと」とノスタルジーを歓喜させることが、この『我々は宇宙人』の目に留まりやすい魅力だろう。

「ランドセルの劣化」「金銀の折り紙のレア感・リッチ感」などの作画のディテール

©NOTHING NEW, MIYU PRODUCTIONS
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そのノスタルジーを強固にするのは、アニメとしての質感表現のディテールにもある。

例えば、門脇康平監督は「画面を見て『懐かしい』と感じてもらうためには、単に過去を脳内で思い出すのではなく、観ている人に“かつての感覚”を思い出してもらう必要があると考えています。例えば、キャラクターが背負うランドセルの劣化を描く際にも、単に表面をボロボロに描くのではなく、『子どもの頃にこう扱ったから、こう壊れていく』という時間の積み重ねや使い方を意識して作画しています」と語っているのだ。

他にも例をあげると、「金銀の折り紙のレア感・リッチ感」もある。こちらも門脇康平監督が「折り紙の袋から、折れ目がつかないようにそーっと取り出す時のドキドキ緊張する感覚をいまだに覚えています。あの頃感じた金紙への特別な気持ちを、ちゃんと作画で描きたいと思いました。翼少年の目には、金色はこれくらいリッチに見えるんだ、という彼主観で見える金の発色と輝きを表現したかったので、ではどうしたらそう見えるかを考えました」と言うような「特別」を、実際の作画から感じられるだろう。

さらに、門脇康平監督は「自分は子どもの頃、よく先生や親に『無駄な動きが多い』と言われる子でした。まっすぐ歩いて帰ることもほとんどなく、枝を拾ったり、息を止めて歩いたり、壁を触りながら帰ったり...とにかく余計なことを常にしてしまう子どもでした。そういった子どものあの“無駄な動き”を本作では完全再現したいと考えています」とも語っている。

その言葉通り、この『我々は宇宙人』は実在する動きや物を徹底的に観察して作画に落とし込んでいる。劇中の子どもらしいオーバーな一挙一動でも、しっかりと「あの頃」を思い出させるのだ。

なお、本編は全て手描きで制作されている。もちろん門脇康平監督が1人で全部描いたわけではなく、メインの原画は4人、それをアシストする人がスタジオ内に5人、リモートで不定期に支えるスタッフが何人かいて、20人くらいの人が全体としては関わっていた(しかし80%以上の原画は監督とメインの4人が描いていた)そうだが、それでも少数精鋭のチームと言えるし、本編の作画のこだわりを思えば「それは5年もかかるわ」と納得できるだろう。

「猜疑心」や「嫉妬」といった感情が行き着く先にあるものは?

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そうした作画でのディテールやリアリズムもさることながら、真にノスタルジーを歓喜させる、そして心をえぐられるのは物語にこそある。詳しくはここでは書けないが、小学3年生の子どもでも持ち得る「猜疑心」や「嫉妬」といった感情が、やがて恐ろしくも悲しい出来事を招いてしまう。さらに、「その先」に至る心理も、時系列を入れ替えつつも巧みに提示されているのだ。

その猜疑心や嫉妬の理由の発端には、翼が「ピーピロリロリロ。地球での極秘任務完了。宇宙へ帰還します!」と教室で高らかに言う暁太郎を目撃したことがあるし、それ以外でも大小さまざまな積み重ねがある。さらに「大人時代」から見た「客観的な考え」も容赦なく提示され、さらにさらにネタバレ厳禁の事柄がもはや「凶悪」とさえ言えるもので、「後悔」や「罪」をも徹底的に突きつける。

そして、親友との決定的な亀裂があり、精神を削り取られ、「猜疑心」「嫉妬」「後悔」「罪」の先に何が「ある」のか。「ここまでのことがあった」からこその結末に、どうしても涙を止めることはできなかった。

しかも、ラストシーンはとある有名なハリウッド映画を連想させるシチュエーションながら、受け取るものはそちらとは全く異なる、複雑にして深淵で、これまでのどんな映画でも到達できなかった、滝のように涙が溢れるほどの大感動が待ち受けていた。

かつての記憶を呼び覚まし、心をえぐりながらも、その心を癒してくれるこの大傑作を、絶対に映画館で見逃さないでほしい。

文=ヒナタカ

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