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流行写真通信 第44回:インディー映画の雄、塚本晋也がメジャー規模で描いた戦争後の精神の戦争

  • 2026.9.24

編集者の菅付雅信が切り取るのは、広告からアートまで、変貌し続ける“今月の写真史”。写真と映像の現在進行形を確認せよ。

text: Masanobu Sugatsuke / editorial cooperation: Kain Foran & Hinako Tsuruta for Gutenberg Orchestra

流行写真通信 第44回:インディー映画の雄、塚本晋也がメジャー規模で描いた戦争後の精神の戦争
BRUTUS

「実は、戦争のことを考えているのは苦痛なんです」

そう静かに漏らすのは、映画監督の塚本晋也。アンダーグラウンドなことを考えるのは楽しい、「エロティックなことを考えているような楽しさ」がある。だが戦争は違うと。それでも彼は太平洋戦争のフィリピンでの日本兵の極限状態を描いた『野火』(2014)、戦後の混乱期を生きる若者と少年を描いた『ほかげ』(2023)に続き、10年以上も戦争をめぐる主題に取り憑かれてきた。9月11日公開の最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は、その苦痛の到達点であり、この作家にとって明確な地殻変動でもある。

映画の主人公は実在の人物、アレン・ネルソン。1947年にニューヨーク州ブルックリンの貧しい家庭に生まれたアフリカ系アメリカ人で、貧困と差別から抜け出すために18歳で海兵隊に志願した。沖縄のキャンプ・ハンセンで人を殺すための訓練を受け、1966年6月、激戦地ダナンへ送られる。彼が最初に撃ったのは、罪のないベトナム人の農民だった。地獄のような戦場から帰国した20歳の彼を待っていたのは、まだPTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉すら存在しなかった時代の、もうひとつの名前のない地獄である。

23歳でホームレスとなった彼を引き上げたのは、心理学者ニール・ダニエルズとの気の遠くなるようなカウンセリングと、自らの加害を人前で語る行為だった。タイトルは、小学校で戦争体験を講演した彼に一人の少女が投げかけた問いから採られた。長い沈黙の後、ネルソンは小さな声で「イエス」と答える。

映画「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」の場面写真
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA製作:木下グループ 配給:キノフィルムズ 9月11日(金)よりkino cinéma 新宿ほか公開

原作はネルソン自身の自伝。出演者にロドニー・ヒックス、ジェフリー・ラッシュ、マーク・マーフィー、日本からリリー・フランキーなどを迎え、タイ、ニューヨーク、沖縄、ベトナムの4カ国で撮影された。セリフはほぼ全編英語。インディペンデントの極北にいた作家が、キャリアで「圧倒的に一番大きかった」規模に踏み出した。

この映画の企画の起点は『野火』の準備期に遡ると塚本は言う。

「戦争に関する本を調べていたら、この原作が割とすぐ見つかったんです。すぐ読んだら一番すごかったという内容でした。こうまでわかりやすく、こうまで赤裸々に恐ろしい戦争の体験を描いている本はパッとは見つからなかったので、いきなりすごいのに出会ってしまったというような感じはありました」

被害の目線だけでは足りないという直感はすでにあった。『野火』にも加害はあるが、それは主人公・田村の突発的な加害であり、大岡昇平の原作が描いていたのは「戦争の圧倒的な虚無」だった。そこへ真正面から加害の角度で書かれたネルソンの一冊に出くわしてしまう。だから塚本はそれを「一個、重要なものとして大事に取っておこう」と決めたという。

その後、あるメジャー映画会社と1年かけて企画を進めるも成立せず、代わって木下グループのゴーサインが出た矢先にコロナ禍が重なる。『ほかげ』を先に撮ったのは、その足止めの結果だ。つまり2作は同時に育っていた。その過程で気づいたのは、戦争が終わっても戦争が終わっていない人たちがいるということだった。「具体的には兵隊さんが復員して、巨大なPTSDを、被害者だけじゃなくて、むしろ加害者の方に抱えている可能性があるとわかったんです」

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA製作:木下グループ 配給:キノフィルムズ 9月11日(金)よりkino cinéma 新宿ほか公開

『野火』は「頓智と知恵で作った」と塚本は笑いながらいう。戦争映画という大きな題材にもかかわらず、大手の資本もなく、大手の配給会社が公開するわけでもない自主映画の極限だった。今回の『ネルソンさん〜』は最初から、それが通用しないとわかっていた。

「ベトナム戦争でアメリカ人兵士の実話ですから、頓智はもう絶対無理だったので、扱ってくれるところはないだろうなと思ったんですけど、木下グループが手を挙げてくださったことは、びっくりと感謝の極限ですね」

塚本は映画ビジネスとして、この新作の実現性の難しさを理解していた。プロデューサーが最も金を出しやすいのは、彼自身が最も嫌悪するヒロイズムの戦争映画であり、次が観客が感情移入しやすい被害者目線の映画であると。「加害者目線の映画にメジャーがお金を出すのは難しいんじゃないかと思っていたので、この難しい題材をよく選んでくださったなっていう驚きの方が多かったですね」

撮影現場はスタッフ・キャスト総勢200人近く。ベトナムでは戦闘シーンの撮影許可が下りず、ジャングルはタイに移された。アメリカでの撮影はビザの遅延とコスト高、組合の労働時間規定が立ちはだかる。「アメリカ映画の規定に超従わなきゃいけない。もうほぼその意識が占めている感じで作業を進めましたね」

この制約が本作のカメラを決定づけた。撮影時間が短いなら一度に多く撮るしかない。結果、塚本作品としては異例の3カメ体制となる。メインはいつも通り塚本自身で他にふたりが常についた。

「撮影時間が短いというのは、一見厳しいデメリットのように感じるんですけど、すごく集中度が増して、そこにみんながガーッと向かうのは、むしろ健全という感じでした」

一方で、まったく変わらないものもある。この規模でも彼は監督・脚本・撮影・編集を兼ねている。撮影を任せる選択肢はないのかと聞くと「他の人に任せるとストレスでもっと大変になっちゃう。やりたいことが頭にはっきりあるので」とあっさり否定。

編集についてはさらに明快だ。「ポスプロをするために映画を撮っているので。そこは譲るも何も、それが目的ということもある」。役割が多すぎませんか、という問いにはこう返ってきた。「それじゃない方法は、多分肉体的には楽なんですけど、精神が持たないんじゃないかと思いますね」

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA製作:木下グループ 配給:キノフィルムズ 9月11日(金)よりkino cinéma 新宿ほか公開

初期から中期の塚本作品が扱ってきたのは、一般的な共感からは遠いトラウマティックな情動だった。本作もトラウマの映画だ。にもかかわらず、ここでの感情は圧倒的にわかりやすい。その回路の設計者が、ジェフリー・ラッシュ演じるダニエルズ医師だ。彼は観客とネルソンのあいだに立つ媒介である。

「ジェフリーさんは非常に大事な役で、それをアメリカで活躍する俳優さんにやってもらうことが、自分にとっては大事でした。アメリカの俳優が大事な役で関わってもらうのが木下グループから出た唯一の条件でしたし、それがないとアメリカを舞台にした映画としての説得力がない気がして」。いかにも悩みを解決してくれそうなヒーロー然とした候補もいたが、それは違うと彼は判断した。「ジェフリー・ラッシュはいわゆるカウンセラーの人というより自然界に棲む超人のような雰囲気があるんです。一方でネルソンさんの悩みをどこまで親身に解決しようとしているのかわからない感じが良くて(笑)」

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA製作:木下グループ 配給:キノフィルムズ 9月11日(金)よりkino cinéma 新宿ほか公開

では、この映画は塚本晋也という作家のどこに位置するのか。塚本とも交流があり本作を観た世界的ゲームクリエイター、小島秀夫はシネフィルとしても広く知られる。小島が塚本との出会いを語る。

「僕は1986年、映画を撮ることを諦め、ゲーム業界に入りました。ゲーム制作でひたすら忙しかった頃、1989年に『鉄男』のことを知りました。自主映画で、監督・脚本・撮影・照明・美術・編集・出演の全てを務め、単館劇場からスタートし、世界にまで拡散したそのニュースを見て、びっくりしました。『この手があったのか!!』と。当時は、嫉妬心もあり、『鉄男』を観たのは、少し後になります。その時の衝撃は忘れられません。エネルギーの塊のような個人作品でした。そこから塚本監督のファンになりました。その後雑誌の対談でお会いして、最初の印象は、すごくもの静かで優しい人という印象でした。あんな猛烈な疾走感のある映画を撮る人には、まったく見えませんでした。実は、これは偶然なのですが、『メタルギアソリッド』(1998)のCMのナレーションは、塚本監督が行っていました。すごく、運命のようなものを感じたのを覚えています」

小島秀夫は塚本映画の変遷をこう捉える。

「塚本監督の、クリエイターとしてのこれまでの題材選びを整理すると、彼の生き様が見えてきます。彼の人生や世界の捉え方とシンクロするのです。若き彼は、大人がつくった世界に憤りを感じていました。“こんな世界なら破壊してやろう!”というロック魂、これは『鉄男』です。ここには怒りと暴力による破壊衝動があります。このあと、“鉄”は、『東京フィスト』(1995)で“拳”になります。肉体の拳を使った破壊衝動。次に、“拳”は、『バレット・バレエ』(1999)で“銃”に変わります。

ところが、『六月の蛇』(2003)から大きな変化が起こり、破壊や暴力ではなく、興味が“命”に移行します。最初が、“性”。続く『ヴィタール』(2004)では、まさに生と死、スピリチャアルな世界にスポットが当てられます。『KOTOKO』(2012)もそう。塚本監督も年を重ねていく上で、家族も増え、周囲の環境が変化することによる、内面への影響が作品に自然と表れています。そして、老成していく中で、現在だけではなく、次の世代のことが心配になってくる。

まさに、ここに“戦争”というキーワードが出てきます。彼が生涯をかけて到達した“命”というテーマ。これらを奪う“戦争”を題材に選んだのは、すごく自然なことだと感じます。『野火』、『ほかげ』などがそう。ここは、僕のものづくりとすごく共通しているところだと思います。常に時代と自分に向き合い、それらを題材にエンタメ作品を紡ぐ。それができるのは、企画、脚本、監督、撮影と一人でこなしているからこそ可能です。そこに作家性が宿ります。映画界でもゲーム界でも、こういう人は他にはいませんが、ここも僕とは近いところだと感じています」

映画「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」の場面写真
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA製作:木下グループ 配給:キノフィルムズ 9月11日(金)よりkino cinéma 新宿ほか公開

戦場や紛争地域での取材を数多く経験している、メディアNPO Dialogue for People副代表/フォトジャーナリストの安田菜津紀はこの『ネルソンさん〜』を過去ではなく現在の映画として捉える。

「本作はベトナムでの戦争加害とその後のネルソンさんの人生が中心ですが、ベトナムに派兵される前に沖縄に駐留していた前段も重要だと感じます。『アジア人を人間として見ない』ことを『実践』し、心身に刻み込む場所として沖縄が位置付けられている。そうした構造的暴力は、現代にも引き継がれており、決して過去の話ではないからです」

戦場を経験した人々を見てきた安田は、PTSDの描き方についてもこう続ける。「壮絶な加害行為は必ず、加害者本人に跳ね返ってきます。そうした兵士のトラウマに社会が向き合うことは、加害行為を免責することと同義ではありません。PTSDを『自己責任』という言葉の中に封じ込めようとすれば、暴力の矛先は家族や身近な人に向かいます。そして戦争へと突き進んだ国家権力の責任を後景化させることにもつながってしまいます。

本作ではアジア人差別のみならず、不平等な立場に置かれた黒人兵士らが前線へと送られていったことにも触れています。虐殺や侵略は、ヘイトを見過ごすことから始まります。ネルソンさんは表面的な『和解』ではなく、加害者としての自身を語り続けることを選びました。『なぜ“戦後”になっても過去と正面から向き合う必要があるのか』という根本的な問いを、本作は投げかけていくはずです」

塚本は自身の主題選択を「時代の水面下にあるものへの反応」だと語る。『鉄男』の頃は、サイバーパンクという言葉すら知らないまま、人間とテクノロジーが合体していく感覚が渦巻いていた。「僕が水面下に感じているのは、ガバッと後ででかくなるなとは思いました」。戦争も、彼の中でザワザワし始めたものだ。『野火』の頃は平和安全法制の成立と重なり、いまは憲法改正を急ぐ国民投票法改正案が審議されている。この流れを塚本はとても危惧する。

「年齢的にも家族ができたりすると、次の世代が心配になってきて。せっかく未来がある人たちが戦場では内臓を飛び散らかして死ぬっていうことが、おぞましいことに思えてくるんです。どんなことがあっても戦争はしたくないと思っている人にも、いざやるときはやらなければと思っている人にも、この映画を届けたいと思うんです」

世界には不穏な空気が漂うが、一方で塚本は希望を感じる映像が頻出しているという。彼が最も明るい希望を感じている映像がYouTuberのものだと。「YouTuberの人はシネマティックとか言って、映画への憧れをみんな感じながらやってますけど、あんたたちの方がもっと綺麗だけど、というような感じはありますね。これは希望ですよ」。なんと塚本はコロナ禍にYouTubeでカメラを学び直したという。40年前に小島秀夫が「この手があったのか!」と叫んだ塚本のワンマン映画の発明は、いまや誰の手にもあるのだ。

塚本晋也監督 提供:キノフィルムズ

本作の新しい取り組み──英語劇、4カ国ロケ、有名俳優──を差し引いても、私が最も強く感じたのは、塚本の関心が撮影手法や仕上がり感よりも、明確に主題そのものへ移動していることだ。それを告げると、彼はこう答えた。「どっちかというと、主題ありきかもしれません」

塚本は、世界との大きな葛藤を抱えた個人を常に描いてきた。それを、インディーズならではの個人的で小さなスケールと、一方で卓越した映像技術でそのトラウマ的情念を昇華するというのが塚本の作風と言っていいだろう。新作『ネルソンさん〜』では、メジャーの規模でありながらも、撮影など何役も一人でこなし、それでいて堂々たる仕上がりになっている。いわば塚本晋也のネクスト・ステージを見せてくれる。この規模を達成した塚本はどこへ行くのか。

答えは揺れていた。「ちっちゃい自主映画に戻りたいという気持ちと、大きな機会がもしあったら、やんなきゃなという気持ちと、2つあるかもしれません」。戦争映画については「一回はお休みしたいんですね。ただし、心配が消えないんですよ」。

小島秀夫は、塚本の新たなステージに期待する。「塚本監督には、ずっと世界で勝負してほしいと願っていました。それが今回、実現したと言えます。ただ、メジャー映画ともなると、さまざまな軋轢や面倒が、クリエイティブ以外で発生します。これはゲームでも同じ。そこで体力や気力を奪われます。塚本監督には、クリエイティヴだけに注力してほしい。ただ世界での大きなプロジェクトで世界中に“塚本晋也”を知らしめてほしいという願いもあります。ハリウッドの大作でなくても、ネットフリックスのようなサブスクなどでもいいかもしれません。なるべくノイズのない状況で、塚本監督には、世界に届く、大きなものを撮ってもらいたいです。また「鉄男」のような“疲れるくらい”の映画を、今の若者たちに放ってほしいです」

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