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「精神が悪化してニョキっと鬼になる」刑務所で続く対話からみえた受刑者たちの『居場所」への不安

  • 2026.6.7

「もしだめだったら死ぬしかない」

781人の受刑者を収容する、札幌刑務所。
拘禁刑の導入の中で、いま力を入れているのが受刑者との「対話」です。
2025年10月、札幌刑務所の会議室で、60代のA受刑者はこう話し始めました。

「今回初めて、出所してからまったく行くところがない。眠れない、不安で」

A受刑者の言葉に耳を傾けるのは、北海道医療大学の教授らでつくる研究チームと刑務官です。

窃盗などの罪を繰り返し、刑務所に入ったのは今回で7回目。A受刑者は精神障害に加えて、足腰が悪くて働けず、社会にいるときはグループホームなどで暮らしてきました。

しかし、今回は出所後に受け入れてくれる施設が見つからないといいます。

A受刑者は、自分の病状について、こう話し始めました。

「双極性感情障害という病気を発症してから20年以上。怒鳴ったりわめいたり脅したり、いろいろやっていたので、施設が素直に受け入れてくれないのではないかという心配がある」

北海道医療大学の向谷地生良特任教授は「こうしたらいいという答えは私たちも持っていないが、一緒に考えることはできる」と話しましたが、A受刑者はこんな言葉を口にしました。

「もしだめだったら死ぬしかない」

そんなAさんに、札幌刑務所の刑務官は「自暴自棄になったらダメ。やれることがまだ時間が少ないとはいえあるから。札幌刑務所の職員も、何もないままAさんに出てもらうというのは絶対にしたくないから」と語りかけます。

社会で生きる方法を探る「当事者研究」

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受刑者と対話を重ねる「当事者研究」と呼ばれるこの取り組み。
北海道医療大学の向谷地特任教授が、2000年ごろ北海道浦河町の精神障害者が暮らす施設「浦河べてるの家」で始めました。

塀の中の当事者研究では、犯罪を繰り返してしまう受刑者とこれまでの人生や将来の不安について話し合い、社会でうまくやっていけない理由を探します。

A受刑者は、2025年4月から毎月1回、この研究を行ってきました。
しかし、8回目の当事者研究はいつもと様子が違っていました。

心の中に潜む「鬼」

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この日、北海道医療大学の鈴木和助教が、気分と体調をたずねると、A受刑者は「非常に悪いです」と答えました。

A受刑者は札幌刑務所で「特別調整」という制度の対象になっています。

高齢や障害がある受刑者で、出所後に住む家や身元を引き受けてくれる家族がいない人を対象に、刑務所にいる間から受け入れてくれる施設を探す制度です。

A受刑者も複数のグループホームの担当者と面接を重ねてきましたが、「金銭管理をされないこと」や「座った状態でもできる仕事があること」などの希望に合う施設がなかなか見つからずにいました。

そして、8回目の当事者研究では、直前に、候補になっていたグループホームに入居を断られ、担当刑務官との面談もうまくいかず、腹を立てていたのです。

A受刑者は「悔しくて涙がぽろっと出てきたよ。悔し涙。それほどひどかったんだ」と話しました。

北海道医療大学の橋本菊次郎教授が「今腹が立っていると思うが、こういうことは今までもあった?」と聞くと、A受刑者はこう明かしました。

「あるなんてもんじゃないよ。1回や2回じゃない。精神が悪化しちゃって、ニョキッとする。鬼みたいな」

そして、過去の経験をこう続けました。

「昔、それで犯罪すれすれのところまでいっちゃったんですよ。包丁握って、グループホームのパートのおばさんを刺してやろうと思って。あまりにもひどいこと言うから『いい加減にしろ、ちょっと来い』と言って。それで警察沙汰になった」

研究チームはこのやりとりに、A受刑者が犯罪を繰り返してしまう理由があるのではないかと考えます。

受刑者が負った過去の傷

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北海道医療大学の向谷地特任教授が「鬼になるのは時々やってくるのですか?」と聞くと、A受刑者は「発作的に。急に頭に血が上るの。カーッと来たら止まらなくなる」と話しました。

さらに、その「鬼現象」が最初に起きたのはいつか問われると…

「中学か高校くらいのとき、同級生があまりにも自分を馬鹿にするので、相手の足をもって振り回した。貧困、いじめられっ子、父親からの暴力、性的虐待もあった。そしてこんなふうになった。だから煩わしいんですよ、人間関係が」

向谷地特任教授は、A受刑者について「スタートラインが非常につらいですよね。人を信頼したり、自分に対する肯定感とか、基本的な土台がない」と分析します。

「改めて、つながりや関係の土台づくりをしていく。そこをないと、考えたり、判断したり、受け止めたりするスイッチが働かない。人間関係が煩わしいと言いながら、一方で一番人間関係を必要としている」

「今回でラストにしようと強く思う」

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12月の当事者研究に、A受刑者は研究チームに宛てた手紙を持ってあらわれました。

その手紙の最後には「今回で本当にラストにしようと強く思う。残り少ない人生、静かに穏やかに暮らしていきたい。当事者研究の皆さんへ」と記されていました。

二度と事件は起こしたくない。
それでも繰り返してしまうのは、社会でうまく居場所を作れないからです。

弱さを打ち明ける練習

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拘禁刑が導入される前の刑務所は社会から隔絶された場所で、他人とうまくコミュニケーションを取る能力などは身につけられませんでした。

そのため、罪を繰り返せば繰り返すほど管理されコミュニケーションを制限される刑務所のやり方に慣れ、ますます社会でうまく生きていけなくなってしまうのです。

当事者研究に参加した札幌刑務所の刑務官は、A受刑者のある変化を感じていました。

「元々自分のダメなところに向き合うのはあまり好きじゃなかった気がするが、当事者研究のおかげで自分のダメなところも話せるようになってきた」

刑務官は続けてこう話します。

「社会では自分のダメなところを話せることで、困ったときに、周りの人が助けてくれたり寄り添ってくれたりすると思う。それができなかったり、してこなかったりした人が、また刑務所に来ちゃうのではないかなと思ってるので、当事者研究を通じて悩みを打ち明ける練習をできるところが大きい」

母との約束、そして再犯

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研究チームは、出所した元受刑者ともつながり続けています。

2024年に札幌刑務所を出所した40代のSさんも、塀の中で当事者研究を経験した一人です。
Sさんは10代から刑務所に繰り返し入り、家族と疎遠に。社会とのつながりは、研究チームだけでした。

出所後、約18年ぶりに静岡の母親に会いに行ったとき、母親からは「一緒に暮らすことはできない」「人に迷惑をかけないで生活してください」と言われたといいます。

Sさんは「今までさんざん苦労かけてきたから、最後ぐらい母親との約束を破らないようにしようと思って」と語っていました。

研究チームは出所後もメールのやり取りや、直接会って話を聞いてきました。
しかし、出所から1年半後、Sさんは北海道江別市のグループホームを突然飛び出して、連絡を絶ったのです。

その後、Sさんは静岡県内で他人の車を傷つけ、自ら出頭し逮捕・起訴されました。

「捕まれば母に会える」

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初公判で、Sさんはこう語りました。

「しゃばでの生活に疲れた。母親が暮らす静岡で捕まれば、母親に連絡がいってまた会えると思った」

公判で検察側が証拠として提出した供述調書によりますと、Sさんは北海道を出たあと、母親に会うために静岡県に行っていました。

そこで母親の住所を知ろうと警察署や市役所を回りますが教えてもらえず、「このままでは未練が残る」と考えて犯行に及んだといいます。

「刑務所に入りたい、母親に会いたい、という気持ちが勝り、被害者の気持ちを考えなかった」と話すSさんに、検察官は「自分の希望を叶えたいときに、この種の犯行を繰り返す傾向がある」と指摘します。

目指すのは、その人自身が気づくこと

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Sさんが逮捕されたと知り、研究チームは手紙を送りました。しかし、返信は「もう関わらないでください」という拒絶でした。

それでも、再び社会に出たあと共に生きるために何が必要か、研究チームは手紙を送り続けました。

北海道医療大学の向谷地特任教授は「私たちのわきまえは、Sさんが再犯しないようにするにはどうすればいいかを脇に置くこと」だと話します。

「私たちが望む回復や自立じゃなくて、彼自身が発見して気づいていくこと。彼が主役であることを邪魔しない。今までは悪いことをしたら法律的な、常に命令とか指示で管理してきたが、結果として再犯という現実を生み出してきたのではないか」

罪を繰り返してしまう人と社会で共に生きるとは、「こうあるべき」という型にはめず、その人らしさを尊重して関わり続けることです。

Sitakke

Sさんから届いた2通目の手紙には、こう書いてありました。

「また気が向いたら連絡します」

後編の記事では出所したAさん、そして裁判を受けていたSさんのその後を取材、当事者研究で続く「居場所づくり」を追いかけます。

取材・文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部ぬまぬま
※掲載の内容は、HBC「今日ドキッ!」放送時(2026年3月9日)の情報に基づきます。

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