1. トップ
  2. エンタメ
  3. 『ルックバック』だけじゃない!『空気人形』『海街diary』など原作漫画の世界を拡張してきた是枝裕和のまなざし

『ルックバック』だけじゃない!『空気人形』『海街diary』など原作漫画の世界を拡張してきた是枝裕和のまなざし

  • 2026.9.20

テレビのドキュメンタリー制作を経て映画監督となり、カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作『万引き家族』(18)、今年5月に公開された『箱の中の羊』(26)ほか、数々の話題作を世に送り出してきた是枝裕和監督。そんな是枝監督が新たに挑んだのが、「チェンソーマン」で知られる藤本タツキによる同名漫画を実写化した『ルックバック』(公開中)だ。漫画を描くことに情熱を注ぐ2人の少女の青春を描いた物語を、出口夏希と蒔田彩珠のW主演で映しだす。是枝監督といえば、自ら脚本を担当したオリジナル作品のイメージが強い一方で、漫画を原作とした作品もたびたび手掛けている。そこで今回、是枝監督がこれまでに手掛けてきた漫画原作作品を振り返ってみたい。

【写真を見る】実写ならではのアプローチでスクリーンに活写された藤本と京本の友情が愛おしい(『ルックバック』)

主人公の藤野と京本をこれまでも是枝作品に出演してきた出口夏希と蒔田彩珠が演じる(『ルックバック』) [c]藤本タツキ/集英 [c]2026 K2 Pictures・集英社
主人公の藤野と京本をこれまでも是枝作品に出演してきた出口夏希と蒔田彩珠が演じる(『ルックバック』) [c]藤本タツキ/集英 [c]2026 K2 Pictures・集英社

官能的でありどこか哲学的な『空気人形』

是枝監督が「原作もので初めて自分が作りたいと思った」という作品が、漫画家である業田良家の短編「ゴーダ哲学堂 空気人形」を実写化した『空気人形』(09)だ。古びたアパートで持ち主と暮らす空気人形が、ある朝突然“心”を持ち、外の世界へと足を踏みだす。主人公の空気人形を韓国の俳優ペ・ドゥナが演じ、ARATA(現、井浦新)、板尾創路、オダギリジョーらが共演した。

業田良家の短編「ゴーダ哲学堂 空気人形」を実写化した『空気人形』 DVD 発売中 発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス [c]2009 業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会
業田良家の短編「ゴーダ哲学堂 空気人形」を実写化した『空気人形』 DVD 発売中 発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス [c]2009 業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会

是枝監督は、空気が抜けた人形に好きな人が息を吹き込む場面に惹かれたことが映画化の出発点だったと明かしているが、原作はわずか20ページほど。そんなショートストーリーにオリジナルの登場人物やエピソードを加え、心を持った人形の姿を通して、都会に生きる人々の孤独や他者とのつながりを映す長編映画へと昇華。“他人の息で満たされる”というプロセスが官能的でありながらも、どこか哲学的な余韻を残すエモーショナルな一作だ。

四姉妹の日々を鎌倉の四季と共に描いた『海街diary』

一方、吉田秋生の人気漫画を実写化した『海街diary』(15)では、長く続く原作から物語を抽出し、一本の映画に再構築している。鎌倉で暮らす三姉妹のもとに、15年前に家を出た父の訃報が届く。葬儀で異母妹のすずと出会った3人は、彼女に「一緒に暮らさない?」と声をかける。綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが四姉妹を演じ、鎌倉の四季と共に家族になっていく彼女たちの日々を鮮やかに描いてみせた。

是枝監督が映画化を決意するきっかけとなったのは、単行本第1巻に登場するシーン。父親の葬儀のあと、高台に上った四姉妹が街を見下ろす。そして、すずが泣き、4人のシルエットが重なるなか蝉しぐれが降り注ぐ場面に“やられた”といい、「これは、絶対に誰かが映画にするぞと。それは嫌だから、自分が手を挙げちゃおうと思いました」と述懐している。

京都の花街で生きる少女たちの何気ない日常や成長を活写した「舞妓さんちのまかないさん」

2023年、小山愛子による累計発行部数270万部超えの同名漫画をNetflix配信のドラマシリーズとして実写化した「舞妓さんちのまかないさん」も押さえておきたい。舞妓になることを夢見て青森からやって来た親友同士のキヨとすみれ。しかし、舞妓の才能がないと告げられたキヨは、舞妓たちが共同生活を送る屋形の“まかないさん”として働くことに。森七菜と出口夏希がキヨとすみれを演じ、京都の花街を舞台に、食事を通して彼女たちの何気ない日常や成長を温かく描いた。

森七菜&出口夏希共演の「舞妓さんちのまかないさん」 Netflixシリーズ「「舞妓さんちのまかないさん」」独占配信中
森七菜&出口夏希共演の「舞妓さんちのまかないさん」 Netflixシリーズ「「舞妓さんちのまかないさん」」独占配信中

本ドラマでは全9話のシリーズ形式を生かし、季節の移り変わりや日々の暮らしをじっくりと描写。血のつながりを超えて同じ屋根の下で暮らす人々の姿には、是枝監督がこれまで繰り返し描いてきた、“家族”や“共同体”へのまなざしも見て取れる。

また、漫画原作ではないものの、2025年には向田邦子の脚本による名作ドラマ「阿修羅のごとく」をNetflixシリーズとして映像化。オリジナルに敬意を払いつつ脚色や新たなシーンを加え、昭和を代表する名作を現代によみがえらせた。

是枝裕和が実写ならではの手法で拡張した『ルックバック』の世界

そして、是枝監督による漫画原作の最新作となるのが『ルックバック』だ。2024年には劇場アニメ版が公開され、第48回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞。是枝監督による実写版もまた、第83回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に正式出品されている。

藤野と京本は友人となり、一緒に漫画を描き始める(『ルックバック』) [c]藤本タツキ/集英 [c]2026 K2 Pictures・集英社
藤野と京本は友人となり、一緒に漫画を描き始める(『ルックバック』) [c]藤本タツキ/集英 [c]2026 K2 Pictures・集英社

学級新聞で4コマ漫画を連載し、周囲からその才能を絶賛されていた小学4年生の藤野。ある日、不登校の同級生である京本が描いた漫画の圧倒的な画力に打ちのめされた彼女は、どれほど訓練を積んでも京本には敵わないことを痛感し、一時漫画を描くことを止めてしまう。しかし、ひょんなことから京本が藤野のファンであることが発覚し、2人は漫画を通してかけがえのない時間を共有していく。

【写真を見る】実写ならではのアプローチでスクリーンに活写された藤本と京本の友情が愛おしい(『ルックバック』) [c]藤本タツキ/集英 [c]2026 K2 Pictures・集英社
【写真を見る】実写ならではのアプローチでスクリーンに活写された藤本と京本の友情が愛おしい(『ルックバック』) [c]藤本タツキ/集英 [c]2026 K2 Pictures・集英社

是枝監督とは「舞妓さんちのまかないさん」以来のタッグとなる出口が藤野を、そして京本を『海よりもまだ深く』(16)、『三度目の殺人』(17)、『万引き家族』、「舞妓さんちのまかないさん」など是枝作品に何度も出演してきた蒔田が演じる。是枝監督にとって、『ルックバック』も「すばらしい原作に出会ったことからスタート」した作品だ。コロナ禍の際に偶然立ち寄った書店で原作と出会い、物語と作り手の覚悟に深く心を動かされたという。これまで人と人が関係を築いていくプロセスにフォーカスを当ててきた監督は、原作の大きな魅力である漫画を描くことへの喜びや苦しみ、そして藤野と京本が育んでいく絆を時間と空間のなかに丁寧に落とし込んだ。

降り積もった雪の上を踏み歩く足音など音の演出にも注目(『ルックバック』) [c]藤本タツキ/集英 [c]2026 K2 Pictures・集英社
降り積もった雪の上を踏み歩く足音など音の演出にも注目(『ルックバック』) [c]藤本タツキ/集英 [c]2026 K2 Pictures・集英社

1人で描いていたペンの音が、やがて2人分に重なっていく音の演出や、雪を踏み分けコンビニへと急ぐ2人の姿など。実写ならではのアプローチでスクリーンに活写された13年にわたるかけがえのない時間は、秋田の牧歌的な風景と相まって清らかで瑞々しい。好きなものにただひたむきに向き合う藤野と京本の姿が尊くも愛おしく、だからこそ、やがて2人が直面する出来事がせつなく胸に迫るのだ。

原作ものの映画化にはオリジナル脚本以上にプレッシャーを感じると語る是枝監督は、原作を大切にしながら、作品ごとに異なるアプローチでその魅力を映像に落とし込んできた。そんな監督が藤本タツキの人気作に新たな血肉を与えた『ルックバック』。ぜひスクリーンでその世界を味わってほしい。

文/足立美由紀

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ