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24年前、“戦隊ヒロイン”として大ブレイク→元日本代表サッカー選手と結婚した【美女】の現在

  • 2026.10.9
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2006年7月、カードゲーム「ディメンション・ゼロ」の第2代イメージキャラクターになった長澤奈央(C)SANKEI

20年前の2006年9月、東京・六本木ヴェルファーレ。そのステージで、女優・長澤奈央はカードゲームの真剣勝負に挑み、そして敗れた。

勝てば自分のフィギュアを作ってもらい、負ければゲーマーズの1日店長。決着がついた直後、対戦相手だったブロッコリーの創業者・木谷高明氏から「でもギャラはいるんだよね?」と突っ込まれた彼女は、「それは事務所と相談で」と返してみせた。

場内は爆笑の渦に包まれた。負けてなお、たった一言で場の主役をかっさらっていく瞬発力と愛嬌。あの頃の彼女は、スポットライトを浴びる空間そのものを誰よりも楽しんでいるように見えた。

そしていま、長澤はスポーツに打ち込む子どもたちの体を食で支える「スポーツジュニア食育コンシェルジュ」の認定講師になっている。かつてファンを沸かせた彼女の“勝負の場”は、ステージから毎日の食卓へと移っていた。

六本木で突きつけた直筆の挑戦状

あの日のヴェルファーレでは、ブロッコリーの新作パレードが開かれていた。イベントの大トリを飾ったのが、人気急上昇中のトレーディングカードゲーム『ディメンション・ゼロ』だ。

日本選手権の優勝賞金は、カードゲームとしては異例の300万円。副賞には、PRIDEの無差別級グランプリ2006で準優勝したジョシュ・バーネットが、決勝で実際に使用したグローブが用意された。日本選手権を前に、ゲームはファンの間でも盛り上がりを見せていた。

その2代目イメージキャラクターを務めていたのが長澤だった。イベントの最中、彼女は木谷氏へ直筆の挑戦状を突きつける。そこに記されていた条件の一つが、「勝ったら私のフィギュアを作ってもらう」というものだった。

木谷氏は「じゃあ負けたらゲーマーズの1日店長だ」と切り返し、急遽ガチンコ対決が決まった。思わぬ“ハプニング”に場内が騒然とするなか、まるで試合が予定されていたかのごとく対戦用のテーブルが準備される。長澤は、そのライブ感に思いきり乗っかっていった。

激闘の末に敗れて1日店長が確定し、ギャラを聞かれて飛び出したのが、冒頭の「それは事務所と相談で」である。負けても、きっちりオチをつける。エンターテイナーとしての度胸と勘の良さが凝縮されたワンシーンだった。

いくつもの顔を持っていた季節

長澤奈央の名を世に知らしめたのは、何といっても2002年に始まったスーパー戦隊シリーズ『忍風戦隊ハリケンジャー』だろう。演じたのは、水忍ハリケンブルーこと野乃七海だ。この役で、彼女は一気にブレイクを果たした。

その後、グラビア、映画、舞台、テレビと活動の場を広げていく。カードゲームの勝負に挑んだその年は、とりわけ多忙な時期でもあった。4月からはテレビ東京系のドラマ『心霊探偵八雲』に出演。歌手としてもシングルを出しており、ヴェルファーレで挑戦状を突きつけた9月13日は、奇しくも新曲『ラブボディーⅢ』のリリース当日だった。12月には、早くも次作『GAME』を世に送り出している。

自身の新曲がCDショップに並んだその日に、カードゲームの顔として壇上に立ち、負けて会場を笑わせる。特撮ヒロインの看板を背負いながら、女優、歌手、イメージキャラクターとして、彼女はいくつもの場所に同時に立ち、全力で駆け抜けていた。

鹿島の中田浩二と結婚して母に

そんな彼女の人生が次のチャプターへと進んだのは、2014年2月22日のことだ。自身のブログで入籍を報告した。相手は、鹿島アントラーズで活躍し、日本代表でもプレーした中田浩二だった。

ブログには、友人の紹介で出会い、交際するなかで誠実で穏やかな彼に支えられてきたことが綴られている。サッカーに真摯に向き合い、日々努力を重ねる彼の姿を、それまでは尊敬して見守ってきた。妻として、その彼をしっかり支えていきたい。そこには、戦うアスリートの伴侶となる覚悟がにじんでいた。

女優業も続けると書き添えた長澤は、やがて3人の子どもの母親となる。

夜な夜なパソコンに向かった母の学び

2025年9月、ブログで「スポーツジュニア食育コンシェルジュ」の認定講師になったことを明かした。料理教室を営む阿部優氏が、スポーツを頑張る子どもの母親に向けて主宰する食事学の講座だ。認定講師になると、その講座「ジュニアアスリート食事学」を自分で受け持てるようになる。

学びの原動力となったのは、育ち盛りの我が子たちだった。10歳を迎えた長男は父と同じくサッカーに夢中で、長女はダンスとバスケットボールに打ち込んでいる。だが、長男は幼少期からのアレルギーもあって食が細く、長女は好き嫌いが多い。そんなときに出会ったのが、この食育講座だった。勉強なんて苦手だった長澤が、一念発起して新しいパソコンを買い、夜な夜な画面に向かって机にかじりついた。

かつて結婚報告で、彼女はサッカーに向き合う夫の姿勢と努力を尊敬してきたと綴っていた。それから10余年。いま長澤が手に入れたのは、同じようにスポーツへ情熱を注ぐ子どもたちの背中を、日々の食事という確かな土台で支える力だった。

成長期の体をどう支えるか。試合前後の補食には何を選び、好き嫌いのある子にはどう工夫するか。長澤はこれから、そんな発信もしていくつもりだ。

20年前、六本木のステージでフィギュアを賭けて負け、ギャラの話で笑いをさらったヒロイン。いま彼女が一番に向き合っているのは、毎日の食卓だ。一度の対戦で白黒がつくゲームとは違い、子どもの体づくりにわかりやすい勝ち負けはない。けれど、地道に愛情を注ぎ続けるこの勝負のほうが、ずっと長く、そして深く楽しめそうだ。


※記事は執筆時点の情報です

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