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「汗臭いから、こっち来ないで」。そう言われた日から、夏の仕事鞄に入れる物が増えていきました

  • 2026.9.20
ハウコレ

娘に言われたことを、大げさに受け取るつもりはありませんでした。それでも次の日から、替えのシャツを仕事鞄へ入れました。何年もたって、その中身を見た娘が、自分の鞄にも同じような物を入れていると知りました。

洗面所へ引き返した日

私は長く営業の仕事をしています。夏でも取引先を回る日は多く、夕方にはワイシャツが汗を吸っていることも珍しくありませんでした。娘が中学生だったころのことです。友人を家へ呼んでいると聞いていたのに、その日は仕事のことで頭がいっぱいで忘れていました。上着を腕にかけたまま廊下へ入ると、娘がこちらを見ました。「汗臭いから、こっち来ないで」友人の前でした。年頃なら、親の汗の匂いを恥ずかしいと思うこともあるだろうと分かっていました。腹を立てるほどのことではないとも思いました。ただ、何と返せばいいのか分からず、「ああ」とだけ言って洗面所へ戻りました。シャツを脱ぐと、自分でも汗の匂いがしました。言われても仕方がない部分はあったと思います。その日から、夏の帰宅の仕方だけが少し変わりました。娘に会う前に、まず浴室へ向かうようになりました。

仕事鞄に入れる物が増えていきました

翌日、替えのワイシャツを1枚、仕事鞄へ入れました。そのうち小さなタオルや替えのインナーも持つようになりました。汗拭きシートやデオドラントも加わりました。全部使っても、一日中暑い中を歩けば汗はかきます。途中で着替えても、帰るころにはまたシャツは汗を吸っています。それでも、何もしないよりはいいと思って続けました。娘に、「もう臭くないか」と聞いたことはありません。聞けば、あの日のことをわざわざ思い出させる気がしました。娘も匂いの話をしなくなりました。だから、対策が足りているのかどうかを確かめないまま、夏になるたび同じ物を鞄へ入れていました。やがて娘は就職して、家を出ました。帰宅すると先に浴室へ向かうのは、そのころにはもう癖になっていました。

娘が仕事鞄を開けました

ある休みの日、娘が実家へ帰ってきました。台所にいると、玄関のほうから、「これ、出していい?」と声がしました。見ると、娘が私の仕事鞄を開いています。替えのワイシャツやタオル、汗拭きシート、デオドラントが並んでいました。「こんなに持って歩いてるの?」と娘が言うので、「夏はな」と答えました。娘はもう一度中を見て、「いつから?」と聞きました。きっかけは覚えていました。「お前に臭いって言われたころからじゃないか」と答えました。娘は黙って鞄の中を見ていました。それから、「ずっと気にしてたの?」と聞きました。「まあな。こっちから『まだ臭うか』とは聞けなかったからな」と答えました。「どうして?」と聞かれて、私は、「聞いたら、お前もあの日のこと思い出すだろ」と言いました。娘は少しして、「あのときは、ごめん」と言いました。私は、「まあ、臭かったんだろ」と返しました。実際に私は汗臭かったのだと思います。だから、娘だけを悪かったことにする気はありませんでした。ただ、あの日から増えていった仕事鞄の中身を、娘が初めて見た。それだけで十分でした。

そして...

帰るころ、玄関には私の仕事鞄と娘の鞄が並んでいました。娘の鞄の口から、汗拭きシートが見えました。替えのインナーも入っているそうです。娘は今、仕事で取引先を回っています。「こんなの毎日持ってたんだね」娘が私の鞄を持ち上げながら言いました。「夏だからな」そう返しました。鞄の中身は今もほとんど変わっていません。仕事をしていれば必要な物だからです。帰宅したら先に浴室へ向かう習慣も残っています。ただ、娘が実家にいる日に帰ってきても、顔を合わせることまで避けることはなくなりました。この前、玄関から入ると娘が、「お疲れさま」と声をかけてきました。私は、「おう」と返してから浴室へ向かいました。昔なら洗面所へ引き返していた廊下を、今は普通に通っています。

(50代男性・営業職)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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