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わが子が不登校になったら?子どもが望むたった一つのこととは

  • 2026.9.17

「最近、学校へ行きたがらなくなってきた」「うちの子、いつになったら学校へ行くのだろう」休みが終わりに近づくにつれて、子どもの様子がいつもと違う。朝起きても、体の不調を訴えるようになってきて、「休みたい」と言うようになってきた。あるいは、心痛める出来事をきっかけに学校を休みがちになってしまった。学校を年間30日以上欠席して「不登校」とされた小中学生は、2024年度の文科省の調査によると、過去最多の35万人と増え続けている傾向があります。こんにちは、まーやです。私は12年間元小学校教員として、現在は5歳の娘の母として、幼児期の賢さの土台づくりを発信しています。子どもが園や学校へ元気よく通ってほしいのは、親として一つの願いです。ですが、夏休み明けは1学期の人間関係や学習の悩み、夏休み中の生活リズムの乱れなどから、登校することに不安感を覚える子が多いのも事実。もちろん、問題なく通ってくれることに越したことはありませんが、行き渋りのサインが出たり、あるいは長期的に休むようになってしまったりしたら、どうすればいいのでしょうか。今回は、お子さん二人とも不登校を経験した、あるご家庭の経験談をご紹介します。

<不登校は出口の見えない辛いトンネルだった>

お子さん二人とも不登校を経験されたお母様は「暗闇のトンネルがいつ終わるのだろうかと、ずっと苦しかったです。」と話してくださいました。息子さんが小学2年生のときに、先生からの叱責が続き、クラスメイトからも執拗な嫌がらせを受け、お母様自身が運動会でその光景を目の当たりにされたそうです。少しずつ家でも暴れるようになってしまい、心のSOSを出す息子さんを見て「このままでは息子の心が壊れる」と判断し、運動会を境目に学校を休ませる選択をしました。お子さんが学校へ行かないという選択は、親御さんにとっても辛い毎日だったことと思います。どうなるのだろうと不安を抱えたまま進級し、新しい担任の先生になったある日。「すみません。うちの子のことでご迷惑をおかけすると思います」年度当初、頭を下げたお母様。担任の先生が言った一言に衝撃を受けたと言います。「大丈夫ですよ。生きているだけで十分じゃないですか」そこから息子さんは少しずつ学校へ。まずは図書室に通い始めることができたそうです。「息子が図書室通いで、教室に行けずすみません」とお母様が言うと「大丈夫ですよ。学校に来ているだけで十分じゃないですか」と先生。当時を振り返って、お母様はこの言葉に救われたとのことでした。私が、教員だったころ、子どもたちを図書室に連れて行くと、利発そうな顔をした男の子が一人で集中して本を読んでいました。まさに、その子でした。実は、本当に偶然が重なり、先ほどのお母様の息子さんが通う学校に勤めたことがあります。一言二言しか会話を交わしませんでしたが、「元気でいるだろうか」とずっと気になっていました。彼はこの後、中学校や高校でも紆余曲折を経て、現在は大学へ進学し、自分の学びたい道へと進んでいます。

<「待ってほしかった」当事者の願いとは>

教員をされているお母様は当時を振り返り、同じ思いをしている保護者の方の光になればと、息子さんにインタビューをしたそうです。「自分の子が不登校になったお母さんに、何か伝えるとしたらどんなことを伝える?」「ただ、待ってほしかった。家族も先生も、学校や教室に行ってほしいって言わなくても伝わってくるんだよ。それが辛かったから」と話してくれたそうです。私たちは「学校へ行くのは当たり前」という自分の中の物差しで、子どもを見ようとします。休めば不安になるし、いつ行ってくれるのだろうと思うのは親として普通のことかもしれません。「いつ行くの?」「今日は行けるの?」そんな言葉はプレッシャーになるだろうと、何も言わないようにしても、子どもには空気感で伝わってしまうものなのでしょう。「結局、どうにかなるって今なら笑えるけど、待つのは本当に大変だった」そう話してくれたお母様の言葉には重みしかありませんでした。

<心の病を治した無条件の愛>

息子さんとともに苦しんでいる中、今度は娘さんも小学校高学年のころから中学生にかけていじめに遭います。不登校、そして躁うつ状態になり、夜も目が離せないほど、大変な状態が続いたそうです。高校生になり、ある日「バイトをしたい」と相談されたのですが……。娘さんが希望したのは、終わる時間が夜遅く、家から離れた繁華街にあるバイト先。もちろん、お母様は心配でしたが、お医者さんからは「絶対否定しないでください。もしここで、ダメだと伝えると人格を否定されたように感じて、危険な状態になる可能性があります」とアドバイスを受けていたこともあり、いくつかの約束事と、バイト終わりに必ず迎えに行く条件のもと、了承したそうです。当時の心境を話してくださいました。「夜の繁華街に、年頃の娘をバイトに行かせたくなかった。でもここでダメだと言うと、娘が自ら命を絶ってしまう危険があるとお医者さんと話していたの。だから、私が仕事でどんなに疲れていても、娘のバイトが何時に終わろうとも、迎えに行くって私なりに腹を括ったんですよね。バイトのお迎えは絶対欠かさなかった。すると、娘の心の病気が徐々に快方に向かっていったんです。娘は、息子が生まれた時から、私が息子の子育てで大変な思いをしてきて、不登校でかかりっきりになっているのを我慢してきたと思います。とてもできる子だったから、なかなか見てあげられなかったんです。でも、バイトのお迎えで、毎日、たった5分だったのに。自分のためだけにお母さんが時間を作ってくれた、その積み重ねが本当に嬉しかったみたいで、薬も必要としなくなるほど、落ち着いたんです」「無償の愛」という言葉が浮かびました。子どもはいつだって、親に愛されたいと願っています。どんな自分でも愛してくれるのだろうかと。繁華街でバイトして、終わるのは夜遅い時間。普通ならダメといわれる条件で、お母さんはなんて言うんだろう。不登校になって、心の病気にもなって、たくさん迷惑をかけて、それでもお母さんは私を愛してくれるのだろうか。娘さんに聞いたわけではありませんが、そんな思いももしかしたらあったのかもしれません。どんなに遅くても迎えにきてくれるお母様の行動から「お母さんはどんな自分も愛してくれる」そんな実感が娘さんの心を救ったのではないかと感じました。実は、教員時代に娘さんとも何度かお会いしたことがあります。知的で心の優しいお嬢さんという印象でした。今は、自分のやりたいことを見つけ、海外の大学で学ばれているそうです。「二人とも大学生になって、今はこんなに穏やかでいいの?と思っちゃうくらいです」と笑ってお話をしてくださいました。また、不登校という終わりが見えない時期のお母さんのメンタルの保ち方についてお伺いしたところ、周りの人に話をたくさん聞いてもらったとのことでした。今回の話はあくまでも一例に過ぎませんが、家族や学校、ママ友、専門家等、話を聞いてくれる方はたくさんいます。話すことは勇気のいることかもしれませんが、お母さん自身のメンタルを保つためにも、溜め込まないことが必要です。

<つい焦ってしまうけれど大切なことは>

「そっ啄同時(そったくどうじ)」という言葉があります。そつ※は、ひなが卵の内側から殻をコツコツと突くこと啄(たく)は、親鳥が外側から殻をつついて破る手助けをすること※そつは口に卒という意味です。ひな(わが子)がまだ準備できていないのに親鳥(親である私たち)が先につついてもいけませんし、ひながつついているのに親鳥が気づかなくてもいけません。お互いの呼吸やタイミングがぴったりと一致して、はじめて物事はうまくいくという禅の言葉です。つい、大切なわが子に何かあると先回りしてしまいがちになりますが、待てる親になりたいなと改めて私自身思います。子どもを近くで見ているからこそ、私たち親は、距離が近すぎて待てなくなってしまうことも多いです。ですが、子どもを眺めながら、長い目でみることを心がけていきたいと感じた貴重なお話でした。

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Instagram:まーや(@ma_ya.chiiku)

note:まーや|賢い子の育て方

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