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犬は人間社会を映す鏡。『同志少女よ、敵を撃て』の逢坂冬馬が描く、犬と日本人の知られざる歴史――戦争や文明化で切り捨てられてきた犬たち【書評】

  • 2026.9.16
その犬をください 逢坂冬馬/KADOKAWA
その犬をください 逢坂冬馬/KADOKAWA

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人間と犬は、遥か昔からずっと友だち。いつの時代も、日本人と犬はどこか対等な関係で生きてきたはず。そう思い込んでいた。だが、そんなことはなかった。私たちは犬の力を借り、ともに生きながら、ときに蔑み、利用し、都合が悪くなれば、その命さえ奪ってきた。そんな歴史があったなんて、この本を読むまで考えたこともなかった。

『その犬をください』(逢坂冬馬/KADOKAWA)は、『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)で2022年本屋大賞を受賞した逢坂冬馬の連作短編集。独ソ戦を生きる女性狙撃兵たちを通して、戦争が人間に何をさせるのかを描いた逢坂が、最新作では明治初期から令和まで四つの時代をたどり、犬と日本人が歩んできた歴史を描く。読み進めるほど浮かび上がるのは、「犬は人間社会を映す鏡」だということ。物語が進むにつれ、その言葉の重みは増していく。

「文明化」は、犬を幸せにしたのか

ページをめくりはじめた時から、心を揺さぶられっぱなしだった。ショックを受けたかと思えば、ほっとし、その直後にはまた突き落とされる。そんな感情の波に幾度となく襲われた。

たとえば、最初の短編「未開の咆哮」の舞台は明治初期。御雇外国人として来日した英国人ジョージの目には、東京は「未開」の地に見えた。街には無数の野良犬が歩き回り、行く先々で彼に吠えかかる。母国から愛犬を呼び寄せるほど犬好きの彼にさえ、日本の犬は不衛生で危険な存在に映った。一方、日本人にとっても犬は不浄で下賤な存在。ジョージが学問の場に牧羊犬を連れ込めば、学生たちは不快感を示して……。

愛犬家からすれば、明治期の東京の姿はなんとも衝撃的だ。けれど、読み進めるうちに、警察制度が十分ではない時代、犬たちは町の異変を吠えて知らせ、治安維持の一端を担っていたということを知る。「なんだかんだいっても、人と犬はちゃんと同じ社会で生きていたんじゃないか」――そう思ってほっとしたのも束の間、その関係は「文明化」によってあっけなく終わる。近代警察の整備や狂犬病、衛生上の問題から、犬たちは文明的な町には不要な存在として排除されていく。しかも、人々は犬たちが消えていくことを惜しんでいるようにも見えない。その無関心さが、薄ら寒い。人間の都合で、それまでともに暮らしてきた犬を、こんなにも簡単に切り捨てていいのか。だが、文明化を急ぐ日本は、野良犬たちといったいどう向き合えばよかったのだろう。

人間は、なんて傲慢な生きものなのだろう

この連作短編を読めば読むほど、人間とはつくづく傲慢な生きものなのだと思う。自分たちを基準に価値を決め、都合よく意味を与え、利用し、必要がなくなれば排除する。続く短編「忠犬誕生」では、あの有名なハチ公さえ、人間に都合よく「忠犬」と意味づけられ、祭り上げられていく。その過程に、ぞっとする。さらに、犬の「純粋な血統」を守るという発想が、人間にも投影されるとき、優生思想やレイシズムを補強するものになりかねない。

そして、人間の傲慢さが最も残酷な形で現れるのが戦争だ。短編「犬たちの戦争」は、戦時下を生きる少年・明と愛犬ドーラクの物語。第二次世界大戦では、何万頭もの軍犬が「出征」し、家庭犬や猫まで「供出」の対象になったという。明の家にも「お国のため」に愛犬を差し出すよう圧力がかかる。人間さえ食糧不足なのだから、「役に立たない犬」に食糧を与えている場合ではない。そんな大きな「正しさ」に、それでも明たちはのみ込まれまいとする。……ああ、犬たちまで戦争に利用され、犠牲になった歴史を、私はつゆほども知らなかった。人間とはなんて身勝手なのだろう。胸が苦しくてたまらない。それでも、目の前の一匹を守ろうとする人間がいることに、わずかに救われる思いもする。

それでも、犬の友でありたい

そして物語は、最後に令和へとたどり着く。ここまで犬と人間の歩みを追ってきて気づく。犬の歴史は、人間の歴史でもあるのだと。文明と未開、純血、忠義、ナショナリズム、レイシズム。人は相手を枠にはめ、わかったつもりになり、自分たちと異なるものを遠ざける。こうしたものの見方は、令和を生きる私たちの中にも残っている。

引用----

「犬は人間の友なのだろうか。それはわからないけれど、人間は犬の友であらねばならない」

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犬が人間を友だと思っているかはわからない。けれど、私は犬の友でありたい。何があろうと、友でありたい。人間の都合で犬を利用し、価値を決め、切り捨ててきた歴史を知ったからこそ、改めてそう思う。犬の友であるとはどういうことなのか。この本はきっと、これからも何度もそのことを思い出させてくれる。私にとって、大切なお守りになる一冊だ。

文=アサトーミナミ

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