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お騒がせ婚から裁判沙汰まで…ノルウェー王室の歴代7大スキャンダルを振り返り

  • 2026.9.16
Patrick van Katwijk / Getty Images

ノルウェーのロイヤルファミリーは2026年、 8月28日に死去した国王ハーラル5世の治世が始まって以来、最も深刻な危機に直面した――多くの批評家たちが、そうした見方を示しています。即位したばかりのメッテ=マリット王妃の連れ子、29歳のマリウス・ボルグ・ホイビーは7月、オスロ地方裁判所で行われた裁判で、性的暴行罪2件とその他の罪で有罪となり、拘禁4年を言い渡されました。

メディアはこれまで、新国王の義理の息子が元交際相手への暴力など複数の罪に問われた裁判を、大々的に報じてきました。マリウスは2件のレイプ容疑では無罪となりましたが、ほか2件とその他の罪では有罪となり、判決を不服として控訴しています。

ノルウェーの国民はこの件で、かつてないほど王室に厳しい目を向けるようになったとされています。ですが、実のところマリウスの問題が起きるよりも何年も前から、王室は新国王の姉マッタ・ルイーセ王女と“シャーマン”(呪術師)の夫、デュレク・ヴェレットの言動を巡り、批判にさらされていました。さらに、メッテ=マリット王妃にも、未成年者に対する性的虐待や搾取で有罪判決を受けたアメリカの富豪、ジェフリー・エプスタイン(故人)との関係についての疑惑が浮上しました。

ノルウェーのロイヤルファミリー Getty Images

亡き国王ハーラル5世、そして王太后となったソニア妃は、スキャンダルとは無縁でした。ですが、その子どもたちと関係者は、同じようにはいかないようです。この数十年間にノルウェー王室を大きく揺るがした「7大スキャンダル」について、振り返ってみましょう。

※以下、ロイヤルたちの肩書はいずれも当時のものです。


2000年:皇太子がシングルマザーと婚約

マリウスを抱くメッテ=マリット皇太子妃、2001年8月25日撮影 Getty Images

ホーコン皇太子が“パーティ・ガール”として知られていたシングルマザーのメッテ=マリット・ヒェッセム・ホイビーとの婚約を発表すると、75%を下回ることがほとんどなかった王室の支持率は、58%に急落しました。

結婚式がわずか数日後に迫った2001年8月、メッテ=マリットは記者会見を行い、涙ながらに“若気の至り”についてのすべてを打ち明け、「限度を超えてしまいました。深く反省しています」と語りました。

「社会に反抗して生きることが、私にとっては重要だったのです……この場をお借りして、薬物(の使用)を強く非難します」

「これ以上、私が自らの過去について語ることはしたくありません。報道各社には、意向を尊重していただければ幸いです」

記者団の前で正直に語り、謝罪したことで、国民はロイヤルとしての彼女を受け入れました。結婚式の後、メッテ=マリット皇太子妃は長男マリウスを抱き、ハーラル国王とホーコン皇太子とともにロイヤルとして、バルコニーに姿を見せました。

2005年:皇太子妃の父親が物議

スヴェン・O・ホイビー AFP / Getty Images

メッテ=マリット皇太子妃にメディアの厳しい視線が向けられる状況が落ち着いた後、今度は彼女の父、スヴェン・O・ホイビーの行動が物議を醸すようになりました。報酬を得るためにインタビューに応じたり、娘の皇太子妃や孫のマリウスの写真を提供したりするようになったほか、この年には元ストリッパーと結婚し、その後わずか3カ月余りで破局を迎えるなど、スキャンダルで注目を浴びました。

2007年:マッタ・ルイーセ王女が“天使の学校”を創設

マッタ・ルイーセ王女(右)と当時の夫、アリ・ベーン、2007年8月撮影 Mark Cuthbert / Getty Images

マッタ・ルイーセ王女はこの年、代替医療のセラピストを養成する教育機関、「アスタルテ・エデュケーション(Astarte Education)」を創設し、自身は「天使と話ができる」だけでなく「動物とも会話ができる」と公言しました。

ノルウェー王室は王女のこの一件で、ほぼすべての国民からの嘲笑にさらされることになりました。報道機関はこのスクールを“天使の学校”と呼び、国民の間からは「王女はロイヤルの肩書を放棄すべき」との声があがりました(王女は実際、この何年か後に公務から退くことになりました)。

2019年:皇太子妃が疑惑の富豪との“関係”を謝罪

メッテ=マリット皇太子妃、2013年撮影 Getty Images

未成年者に対する性的虐待や搾取で有罪判決を受け、服役したアメリカの富豪、ジェフリー・エプスタインは、別の同様の罪に問われたその後の裁判中に、勾留されていた施設内で死去しました。そのエプスタインとの交流が原因でスキャンダルに巻き込まれたロイヤルは、イギリスのアンドルー王子だけではありませんでした。

メッテ=マリット皇太子妃はこの年、2011~2013年に複数回、エプスタインと面会していた事実を認め、謝罪しました。エプスタインが未成年者に売春をあっせんした罪などで有罪判決を受けたのは、この時期よりも前のことでした。

皇太子妃は発表した声明で、「彼の違法行為の深刻さを知っていたら、決して関わりを持つことはありませんでした。経歴をしっかり確認するべきでした。そうしなかったことを、後悔しています」と述べました。

2019年:王女が“シャーマン”と交際

デュレク・ヴェレットとマッタ・ルイーセ王女、2019年8月撮影 Daniel Perez / Getty Images

この年、自称シャーマンのデュレク・ヴェレットとの交際を公に認めたマッタ・ルイーセ王女は、もともと多くの人々が考える“一般的”な王女ではありませんでした。2007~2018年に“天使の学校”を運営していた王女はそれ以前から、自身には「ほかの人たちに見えないものが見える」と明言していました。

ですが、2025年に配信されたNetflixのドキュメンタリー番組『レベルロイヤル:世間を揺るがせたラブストーリー』でも紹介されているとおり、ヴェレットとの交際は、国民の間でとりわけ大きな波紋を呼びました。彼が母国アメリカで1991年に放火で有罪となり、服役していたことや、陰謀論や誤情報を盛んに広めていることが、その主な理由です。

また、新型コロナウイルスが世界的に流行していた間、ヴェレットは「ウイルスを撃退する」ためのネックレスを販売していたといいます。2019年にはその後に発禁処分となった自著『Spirit Hacking』を出版。がんという病は“選択によるもの”であり、発症の原因は「不幸だと思う気持ち」だという誤った主張をしていました。

その後の世論調査で、国民の17%が王女とヴェレットを理由に、王室に否定的な考えを持つようになったことが明らかになっています。

2022年:マッタ・ルイーセ王女が公務から引退

挙式した王女とデュレク・ヴェレット、2024年8月撮影 Getty Images

王女はこの年、婚約したヴェレットと手がける代替医療事業に専念することを公表。同時に、ビジネスにおいては「殿下」の称号を使用しないことを明らかにしました。国民のなかには、王室が支持率の回復を狙い、王女にそれを選択させたのだと見る人たちもいました。

なお、2024年に結婚した王女とヴェレットは、講演ツアー『The Princess and the Shaman(王女とシャーマン)』を開始。そして、これが多くの国民から「ロイヤルの肩書を宣伝に利用している」との批判を浴びることとなり、王女は謝罪に追い込まれました。

2024–2026年:マリウスが性的暴行で有罪に

ハーラル国王の葬儀に出席するマリウス、2026年9月撮影 Patrick van Katwijk / Getty Images

メッテ=マリット皇太子妃の連れ子、マリウスがレイプと虐待で有罪判決を受けたことは、ノルウェー王室を揺るがす最大のスキャンダルとなりました。

騒動の発端は、元交際相手の女性の告発でした。逮捕されたマリウスは暴力を振るったことを認めるとともに、薬物とアルコールの使用にも問題を抱えていることを明かしました。

ノルウェーの検察当局は2025年8月、4件の性的暴行と家庭内暴力などの罪でマリウスを起訴。オスロ地方裁判所は2026年6月、そのうち2件の性的暴行罪などで有罪と判断し、拘禁4年の刑を言い渡したほか、複数の被害者に対する賠償金の支払いも命じました。マリウスは、判決を不服として控訴しています。

メディアに大きく取り上げられてきたマリウスの事件は、王室のあり方をめぐる議論を再燃させました。ジャーナリストのキャロライン・ヴァグレは、「王室は1905年の独立以来、最大の危機に直面している」とコメントしています。

From COSMOPOLITAN UK

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