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「アンラーニング」という禅的な態度【内面のフルフィルメント vol.2】

  • 2026.9.15

メンタルヘルスに欠かせない概念となったマインドフルネス。物質的な豊かさに満たされた現代だからこそ、ラグジュアリーには内面に深く作用する心地よさが求められています。そこで世界が注目しているのが、日本人が古くから培ってきた、日常を丁寧に生き、今を大切に味わう姿勢。京都「両足院」の副住職、伊藤東凌さんに固定観念を解きほぐす「アンラーニング」という生き方について伺います。

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<Profile>
伊藤東凌(いとうとうりょう)/臨済宗建仁寺派両足院副住職

建仁寺派専門道場にて修行後、15万人以上の坐禅指導を担当。アートを中心に領域を超え、現代と伝統をつなぐ試みを続ける。META(旧称 FACEBOOK)本社における禅セミナーの開催や、アメリカ、アジア、ヨーロッパ各国での禅指導など、海外でも活動を行う。リシェス デジタルの「人生が豊かになる言葉の選択」もご一読を。

「あえて手放してみる」という選択

両足院の庭園を白く彩る、美しい半夏生(はんげしょう)。 courtesy of Ryosoku In

日々、多くのスキルや技術が、急速に陳腐化しています。かつては高い専門性で高額な対価を生んできた、プログラミング、コンサルティング、翻訳など、時間をかけて磨き上げてきたものが、AIの急速な進展により、以前のような希少性を持たなくなっています。

それは仕事上に限らず、どんな立場でも同じこと。教養、人との距離感、振る舞い、情報発信、ものの選び方に至るまで、昨日まで当たり前だったやり方が通用しなくなる。私たちは暮らしのあらゆる場面で、意識と行動の更新を求められています。そんな今重要なキーワードが「アンラーニング」。これまで積み重ねてきたものをいったん手放し、今本当に必要な知識や経験を取り入れて、新たな自分を再構築することです。

人は誰しも、自分なりのポジショニングを持っており、これをやれば評価される、これは自分の領域ではない、などと判断して行動します。そんな自己認識や既定路線を手放す作業は、簡単ではありません。私が大切だと思い実践しているのが「今までの自分の人生戦略から外れていることを、あえてやってみる」こと。これまでのブランディングなら避けていた仕事を受ける。縁がないと感じていた場所に足を運ぶ。例えば、休暇をラグジュアリーホテルで過ごすのが定番だった人が、過疎の村で開催される祭りを1週間手伝いに行ってみたら、それまでとは全く違う文化、人脈と交わり、新しいストーリーが生まれ、価値観や視点はおのずと変化します。

私には、京都の作法やお寺のやり方が染みついているため、違う地域や職種の人との積極的な対話を心掛けています。すると、自分が縛られている固定観念や、無意識に歩いている既定路線がくっきり浮かび上がってくる。それらに気付くことで危機感が生まれ、殻を打ち破ろうとする動きが生まれます。先日、あるクルーズ船で開かれる2泊の会合に誘われましたが、同日程に重要な仕事がありました。仕事や今後に直結する場ではないものの、新たな対話や出会いが得られると感じ、主催者に交渉して1泊だけ途中参加することに。その直感は的中し、そこでの出会いが生んだ新たなプロジェクトが始動しています。

そんな、一つの在り方に固定されない態度は、禅の教えと深くつながっています。禅とは、物事には決まった実体がないという「空」や「中観」の教えを通して、固定化から自由であろうとする実践です。言い換えれば、既定路線から逸脱し続けることであり、アンラーニングは極めて禅的な態度といえます。

昨日までの正解に執着せず、自分を更新していく。そのために、対話を通じてさまざまな領域の人とつながり、自分になかった感性や価値観を、面白がって身に付けていく。それらがすぐ役立つかは分かりません。けれど、すぐに回収できない多彩な経験こそが固定化した自分を解きほぐし、変化の激しい時代を自在に生き抜く血肉となっていきます。

初出:リシェスNo.56 2026年6月26日発売

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