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元日テレアナウンサー・石川牧子さんが72歳で老人ホームへ。3LDKのマンションを手放して得たものとは?

  • 2026.9.11

元日テレアナウンサー・石川牧子さんが72歳で老人ホームへ。3LDKのマンションを手放して得たものとは?

かつて日本テレビで、「アメリカ横断ウルトラクイズ」「世界陸上」など伝説的番組の司会を務めた名アナウンサー石川牧子さん。民放キー局で女性初のアナウンス部長となったレジェンドです。第一線を退いた後もフリーランスで仕事を続けながら、5年前、72歳で老人ホームへ入居しました。都心の3LDKのマンションを手放し、郊外の自立型有料老人ホームへ入居するという一大決心によって得たものについて聞きました。

Profile

いしかわ・まきこ●1949年山形県鶴岡市生まれ。東京女子大学短期大学部卒業後、日本テレビにアナウンサーとして入社。「アメリカ横断ウルトラクイズ」など数々の番組の司会を担当し、民放キー局で女性初のアナウンス部長に。第一線を退いた後、2014年5月まで日テレ学院学院長としてアナウンサーの指導・育成に携わり、コーラスグループ「フォレスタ」ライブの司会を16年間務めた。NPO法人日本マナー・プロトコール理事、BSよしもと番組審議員など多数歴任。最新刊は『自分らしく老いる覚悟。元祖女性アナウンス部長 私、老人ホームに入りました!』(青娥書房)。

早すぎる? 72歳で入居した理由

キー局アナウンサーという花形職業に就き、キャリアウーマンの先駆けとして仕事に邁進してきた石川さん。しかし、華やかな脚光を浴びるその裏で、東京と仙台を往復する親の遠距離介護、看取り、実家の処分などの人知れない苦労もあった。

そういった経験から、「この先、何が起こるかわからない。独り身の私は、せめて他人に迷惑をかけないよう、自分の後始末は自分自身でしよう」と考えるようになり、体が動き、頭がしっかりし、判断力があるうちに自分の意思で未来に備えようと決意した。

そして偶然、理想の終の住み処に出合ったとき、「今が絶好のタイミング」と、すぐに不動産仲介業者に自宅マンションの売却を依頼する。翌年、入居資金と生活費のめどが立つと、3LDKから1LDKになる間取りに合わせてモノ減らしを開始。その約1年半後、72歳で老人ホームに入居した。

身のまわりの片づけや終の住み処探しは、いつかやらなければと思いながら、なかなか重い腰が上がらないもの。それを鮮やかなスピードでやってのけた石川さんの決断力と実行力は見事だ。

終の住み処で得た大きな安心感

人生の一大決心と引き換えに得たものは何だったのか?

「入居して何よりよかったのは、安心して生活が送れること。これから年を重ねていく中で、いつ何が起こるかわかりません。よく『若いわね』とか『健康ね』と言われるのですが、実は私は大病を経験していて、健康には不安を抱えているのです。でも、ここでは必ず誰かが見てくれて、助けてくれます」

入居当初、それを実感したエピソードがある。

「足の指を深爪してしまい、歩くと痛いので部屋にこもっていたことがありました。そうしたら、受付のスタッフから『今日は一度もお顔をお見掛けしませんが、大丈夫ですか?』と電話がかかってきました。そのとき、『あぁ、もし私に何かがあっても、誰かが手を差し伸べてくれて、孤立死や孤独死をすることはないんだ』と大きな安心感を覚えました」

見守りの安心感に加えて、食事面での安心感も大きいと言う。

「ここは自炊も可能なので、私は基本的に自炊生活です。でも、仕事で疲れて、作る気が起きないこともあります。そんなときは館内のレストランを利用しています。時間内であれば3食予約なしでいただけるので、食べる心配をしなくていいというのは助かります」

3つ目は、今までのようなお金の心配がなくなったこと。

「この老人ホームは所有権ではなくて利用権なので、固定資産税がかかりません。管理費やサービス料はそう頻繁に値上がりしませんし、あとは公共料金、医療費、食費、そして友だちとのランチ代などの交際費がかかるくらい。いまどき外食するとランチで大体3000円台ですから、週に2、3回続けばそれなりの出費です。そういう感じで、今後必要なお金がある程度見通せるようになったのは、とても安心ですね。以前、文京区のマンションに住んでいたときは、『修繕費が足りないから一世帯これくらい負担してほしい』とか管理費の値上げや固定資産税など、想定外の出費がいろいろありました。今はそういう心配から解放され、ストレスが減りました」

同年代の中で暮らすメリットは

老人ホームに入居した人からは、「まわりが年寄りばかりで気が滅入る」という声も聞くが、石川さんはまわりに同年代の人がいることのメリットをこう語る。

「ここでは死やお墓、葬儀、病気のことを遠慮なく話せます。自分の関心ごとをまわりと共有できて、共感し合えるのはうれしいものです」

確かに、若い人がいたら、そういう話題は避けてしまう。

「彼らの興味は違うところにありますから。でも同年代なら臆面もなく、笑ってそういう話ができる。なんでも話せる安心感があります」

それまで育ってきた環境はそれぞれ違っても、「晩年の人間として、終わり方に氏素性は関係ない」と石川さん。

「先日も食事をしながら『私は実家のお墓に入るんだけど、私は石川家で最後の人間。私の後は誰もいないから、自分が入る前に墓じまいをしてしまおうと思うのよね』という話をしたんです。そうすると、まわりの人たちも『そうよね』と共感してくれて、うれしかったです」

「墓じまい」は今の石川さんにとって大きなテーマだ。家の始末や、自分自身の遺産の始末をいかにきれいに行うかは、当事者にとっては重要事項。自分の関心ごとが受け入れてもらえる環境は貴重だ。そんな体験からも、こう断言する。「若い人といるより、同年代の集まりのほうが絶対にいい」。

「林真理子さんが『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』という本の中で『できるだけ若い方と接したほうがいい』ということを書いていらっしゃるそうですが、私は『同年代の集まりのほうが絶対にいい』と思っています。林さんがそうおっしゃるのは、まだお若いからじゃないかしら」

石川さんが入居している老人ホームの平均年齢は80代半ばくらい。

「ここで私は下から2番目に若いので、先輩方の加齢に伴う体の変化を実際に見せてもらっています。まわりに生きたお手本がいて、本で得た知識が目の前で展開されるわけです。そして、皆さんのお話の一つひとつが、『あぁ、そうなるんだな』『そうなんだ』と人生の予習になります」

いくら元気そうに見える人でも、長い年月生きてきた肉体の劣化に大差はないと石川さんは感じている。老人ホームは「老いの学校」。自分だけは年を取らない、と思っているとしたらそれは幻想。年齢を重ねることを前向きに受け止め、死の意味を受け入れる心構えができるようになったと言う。

終の住み処選びで一番、大切なこと

「私はここで友達を作りたいわけではなく、今までがちゃがちゃと回転の速い、音の洪水の中で仕事をしてきたので、ゆっくり穏やかで静かな生活を送りたい、と入居しました。ですが、選ぶ際の決め手は『人』でした」

6年前、たまたま知り合いがこの老人ホームで演奏することになり、その付き人として来訪した石川さん。聴きに来た人たちの穏やかで礼儀正しく、知的好奇心の旺盛な雰囲気に惹かれた。

「年齢を重ねてからも自分らしく過ごすためには、一緒に暮らす人たちはとても重要です。こういう方たちと一緒に暮らせるのなら、と思いました」

高齢者施設を選ぶときは、外観や設備、衛生面、食事などに目が行きがちだが、石川さんは「どういう人たちの集まりか、自分と雰囲気が合うかを感じ取ることはとても大事」だと言う。

「残りの人生をどう過ごしたいかによって違いますが、茶飲み友達をたくさん作りたいと思っているのならなおのこと、住んでいる人たちの雰囲気を見極めることは必要です。高齢で入居するわけですから、合わないからといって簡単に出てはいけないんです」

「いつも一緒にわいわい騒ぐサークル活動がしたいと思って入ったわけではない」という石川さんは、節度ある、つかず離れずの大人のおつき合いを心がけている。

「集団生活なので、明るくあいさつを交わすことは最低限、必要です。ここに入ってうれしかったのは、外から帰ると、知らない入居者の方でも『おかえりなさい』と言ってくれること。以前住んでいたマンションでは、『こんにちは』とか『こんばんは』でしたが、『おかえりなさい』と言われると、家に帰ってきた感じがして、心があたたかくなります」

人生の終盤をどう過ごしたいか、そのための環境をどう作るか、自分で決めて、実行した石川さんの軌跡は、後から続く私たちの心強い道しるべとなってくれる。

撮影/佐山裕子(主婦の友社) 取材・文/依田邦代

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