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【50代の趣味活】《真珠の耳飾りの少女》奇跡の再来日!大阪中之島美術館[同時開催展にも注目!]

  • 2026.8.29

14年ぶりにフェルメールの《真珠の耳飾りの少女》が日本に来てくれる……!

その第一報が届いたのは、今年1月。アート好きの間では「なんとしてでも“あの子”に会いたい!」と話題になっていました。そして7月に入り、前売り券の販売がスタートするや、争奪戦が勃発。でもまだ諦めるのはまだ早い! 開幕後も順次、追加抽選が行われているほか、リセールも行われています(詳しくは、展覧会公式サイトをご確認ください)。

そんな空前絶後の特別展「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展 17世紀オランダ絵画の名品、奇跡の再来日」のプレスプレビューをレポートするともに、大阪中之島美術館にて同時開催中の注目展「スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー」も併せてご紹介します。

大阪中之島美術館
大阪府大阪市北区中之島4-3-1
https://nakka-art.jp/

マウリッツハイス美術館が誇る珠玉の12点が来日

会場は、大阪中之島美術館の5階展示室。巨大な《真珠の耳飾りの少女》が出迎えてくれます。

オランダのデン・ハーグにあるマウリッツハイス美術館が改修工事に入ることをきっかけに、フェルメール人気のとくに高い日本において、今回の展覧会が実現したそう。フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》《ディアナとニンフたち》を含む、全12点が来日。

右からピーテル・ラストマン《ラザロの復活》(1622年)、セイザル・ファン・エーフェルディンヘン《正直者を探すディオゲネス(ある家族の寓意的肖像画)》(1652年)ともにマウリッツハイス美術館

展示はフェルメール作品を紐解くカギにもなる6章構成。

1章の2点の「歴史画」からは、“黄金時代”とも呼ばれる17世紀オランダ絵画の古典的な主題や手法をうかがい知ることができます。

レンブラント・ファン・レイン《笑う男》(1629~1630年頃)マウリッツハイス美術館

2章の「肖像画・トローニー」には17世紀オランダを代表する画家、レンブラントの《笑う男》など2点が展示されています。

トローニーとは特定の実在の個人ではない人物を描いた絵画で、17世紀オランダやフランドル絵画に多いジャンルだそう。《真珠の耳飾りの少女》もトローニーに類します。

ヤン・ステーン《老いが歌えば若きが笛吹く》(1663–1665年頃)マウリッツハイス美術館

3章の「風俗画」にも2作が展示されています。

そのひとつ、ヤン・ステーンの《老いが歌えば若きが笛吹く》はオランダのことわざ「老人が歌うように、若者は笛を吹く」を主題とし、悪習も含めた行為が模倣によって受け継がれていくことというアフォリズムが込められています。

手前からマリア・ファン・オーステルウェイク《装飾的な壺の花》(1670~1675年頃)、ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘーム《宝石箱と果物のある豪華な静物》(1650~1655年頃)ともにマウリッツハイス美術館

4章は「静物画」が2作品。

現在でもオランダは花の輸出大国ですが、17世紀のオランダ絵画でも色鮮やかな花々は人気のモチーフだったようです。

《装飾的な壺の花》を描いたマリア・ファン・オーステルウェイクは、近年再評価が進んでいる女性画家のひとり。

エマヌエル・デ・ウィッテ《想像のカトリック聖堂の内部》(1668年)マウリッツハイス美術館

5章の「教会内景画」には17世紀オランダを代表する建築画家の名作が。変化に富んだ光のなかに浮かび上がる美しい教会内が想像で描かれたというのに驚き。

パウルス・ポッテル《水に映る牛》(1648年)マウリッツハイス美術館

動物画家として知られるパウルス・ポッテルがとくに得意とした牛の表現を堪能できるのが、6章の「風景画」。

展示室内にはマウリッツハイス美術館や作品について理解を深めることのできる動画も流れています。フェルメールに関しては「フェルメール・シアター」で詳しく紹介されています。

もうひとつのフェルメール作品

ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》(1653–1654年頃)マウリッツハイス美術館

フェルメールの初期の代表作のひとつ。月の女神ディアナとニンフ(森の精)が夕景を思わせる森のなかで過ごすワンシーンには穏やかな雰囲気が漂っています。

この作品はかつて、レンブラントの弟子ニコラス・マースの作品と考えられていましたが、修復作業を経て偽造されたサインの下から「JVMeer」というモノグラムが発見され、フェルメールの作品であると判明したそう。

そんなことがあると知ってびっくり。フェルメールが、死後100年以上、ほぼ忘れ去られた存在であったことと関係しているのでしょうか?

《真珠の耳飾りの少女》への青いカウントダウン

《真珠の耳飾りの少女》の展示室へは教会を思わせるアーチが印象的な青いアプローチが設けられています。ついにあの子に会える、という昂揚感が高まります。

展示室全体も青で統一され、壁面には《真珠の耳飾りの少女》の魅力についての詳しい解説パネルが掲示されています。

展覧会の公式アンバサダーを務める、オランダ生まれの 絵本の主人公「ミッフィー」が添えられた、やさしい解説も。

《真珠の耳飾りの少女》に使われている絵具の素材が展示されていました。ターバンの印象的なブルーは、貴重な天然石・ラピスラズリの粉などが使われています。

ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》(1665年頃)マウリッツハイス美術館

いよいよ、ご対面へのカウントダウン。

広い展示室の中央に、《真珠の耳飾りの少女》が!

少しずつ、世界中が焦がれるあの少女が近づいてきます。

そしてついに。言葉を忘れて《真珠の耳飾りの少女》を見つめるひと時。

プレスプレビューには《真珠の耳飾りの少女》そっくりの衣装をまとったミッフィーも駆けつけました。

フェルメール展グッズも「欲しい」が止まらない!

展覧会オリジナルグッズも盛りだくさん。ミッフィーとのコラボアイテムはとってもおしゃれなデザイン!

人気菓子店「太陽ノ塔洋菓子店」「ちひろ菓子店」など、大阪の有名ブランドとコラボした《真珠の耳飾りの少女》パッケージのお菓子なども取り揃えられています。

Tシャツなどのウエア類も充実。

《真珠の耳飾りの少女》にインスパイアされたフェイクパールのアクセサリーも。

これはなかなかやるな! と個人的に思ったのは、上手に巻けば《真珠の耳飾りの少女》気分を楽しめそうなストール。

人気漫画・アニメ『葬送のフリーレン』コラボアイテムもバリエーション豊富です。

※グッズは数量限定のためなくなり次第終了。完売の際はご容赦ください

▶フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展
17世紀オランダ絵画の名品、奇跡の再来日

開催中~2026年9月27日(日)
https://vermeer2026.exhibit.jp/

明治時代の日本も旅したスイス絵画の異才

同じく大阪中之島美術館、4階展示室では「スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー」展も開催中。

“カール・ヴァルザー”と聞いて「知ってる」という方は、なかなかいはらへんと思います。それもそのはず、生前の人気にもかかわらず長らく忘れ去られ、祖国・スイスでも再評価が始まったばかりだそう。今回の特別展の出品作品も、全てが日本初公開です。

こちらが、カール・ヴァルザーさん。1877年にスイスで生まれ、20歳代からの約四半世紀をドイツの首都ベルリンで過ごしたそう。

19世紀後期、モネやルノワールなどフランスの若手画家を中心に「印象派」が生まれ、ヨーロッパ各地に影響をもたらしましたが、当時フランスとの関係が悪化していたドイツの画家たちは、直接の交流を持っていなかったようです。

ヴァルザーは、従来の絵画へのアンチテーゼという意味では流れを同じくしつつ独自路線をとったドイツ印象派の一派・ベルリン分離派の中核的な画家でした。

中毒性あり!? どこか謎めくヴァルザーの世界

《人形の乳母車と少女》(1905年以前)新ビール美術館

どのへんが独自路線かというと、作品を前にすれば一目瞭然。印象派といえば、光や風をも感じられるような明るい色合い、軽やかな筆致が特徴ですが、ヴァルザー作品には独特の重さがあります。

ヤン・シュヴァンクマイエル監督の映画「アリス」のようなシュールさを感じました。

展示室を見回してみると風景画もあるのですが、フランスの印象派の画家たちが豊かな自然のなかに飛び出しがちなのに対し、都市風景が多いのが印象的です。

《婦人の肖像》(1902年)ゴットフリート・ケラー財団(新ビール美術館寄託)

この作品を含むいくつかの絵画を1902年に開催された「ベルリン分離派第5回展」に出展したヴァルザーは、翌年に会員となります。

《隠者》(1907年)チューリヒ美術館(H. E. マイエンフィッシュ博士コレクション、1946年収集)

ヴァルザーは「たんに自然を前に描くことに満足しなくなり、窓の鎧戸の背後にある我が夢を描き出そうとした」と語ったそうです。《隠者》は、そうしたスタンスが試みられた作品のひとつ。

このどこか夢想的なムードの漂う作品に着想を得て、カール・ヴァルザーの弟の作家、ローベルト・ヴァルザーは詩を作っています。

ヴァルザーは弟・ローベルトとの共作のほか、ヘルマン・ヘッセの著作などの本の装丁や挿絵も数多く手がけています。

明治時代の日本を生き生きと描く

《祇園祭、京都・八坂神社》(1908年)新ビール美術館

私もご多分に漏れずヴァルザーさんを存じ上げなかったのですが、実は来日したことがあるんです! 明治41年に、横浜、東京、京都、伊勢、宮津などを旅して回っています。祇園祭も見はったんですね!

《山鉾巡行》(1908年)ゴットフリート・ケラー財団(新ビール美術館寄託)

鎌を持っているおじいさんが乗っているので、木賊山(とくさやま)ですね。

《歌舞伎の女形[阿古屋]《歌舞伎の一場面》のための習作》(1908年)ベルン美術館(友の会)

歌舞伎や能も観劇しています。

油絵作品も残していますが、今ならインバウンド観光客の皆さんが写真を撮りまくるがごとく、ヴァルザーもとにかくたくさんのデッサンを描き留めています。実際に目にして描いているので、とても写実的。

モネやルノワールなどフランスの印象派の画家たちも、日本の浮世絵などの影響を多分に受けていますが、明治時代の初め頃ということもあって来日した人はいません。ヴァルザーはルノワールより30歳ほど年下なので、来日も可能な状況になっていたのでしょう。

《ウィリアム・シェイクスピア作 『ロミオとジュリエット』 衣装デザイン》(1907年)新ビール美術館

同時代のピカソやマティスも舞台美術を手がけていますが、ヴァルザーも書き割りや衣装をデザインしています。

《ゲルハルト・ハウプトマン作 『グリゼルダ』 舞台美術のための下絵(第1幕、ヘルムブレヒトの農場)》(1909年)ゴットフリート・ケラー財団(新ビール美術館寄託)

どんな舞台だったのだろうと想像を掻き立てられる鮮やかな下絵です。日本で歌舞伎を観た経験も、活かされたのでしょうか?

ちなみに舞台美術にもジャポニスムの影響があったようで、ドイツのミュンヘン王立劇場で、歌舞伎の舞台のような廻り舞台が西洋で初めて採用されていたそう。

余韻を手もとに残したいミュージアムグッズ

嫉妬するほど豪華な仕様の図録をはじめ、展覧会オリジナルアイテムも充実。

ちょっと珍しいスイスのお菓子も取り揃えられています。

スイスといえばのチロリアン刺繍をあしらったバッグなども。

▶︎特別展「スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー」

開催中〜2026年9月27日(日)
https://nakka-art.jp/exhibition-post/karlwalser-2026/

この記事を書いた人

編集者 ふなつあさこ

ふなつあさこ

生まれも育ちも東京ながら、幼少の頃より関西(とくに奈良)に憧れ、奈良女子大学に進学。卒業後、宝島社にて編集職に就き『LOVE! 京都』はじめ関西ブランドのムックなどを手がける。2022年、結婚を機に奈良へ“Nターン”。現在はフリーランスの編集者として奈良と東京を行き来しながら働きつつ、ほんのり梵妻業もこなす日々。

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