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結婚50年、日課だった“銀座通い”を完全にやめたワイルド俳優。74歳でサーキットを駆ける現在

  • 2026.10.1
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2006年12月、映画「結婚しようよ」現場会見に出席した岩城滉一(C)SANKEI

今から20年前の2006年9月、日本テレビの画面に「小泉純一郎首相」が現れた。演じていたのは、俳優・岩城滉一である。

番組は『緊急ドラマスペシャル 内閣総理大臣 小泉純一郎 —歴史に残る2000日5つの謎を解く—』。5年5カ月に及んだ小泉政権の激動を振り返る再現ドラマで、放送されたのは自民党総裁選の投開票を2日後に控えた9月18日の夜だった。

小泉首相に似せた髪形はもちろん、はきはきとした口調までそっくりに演じてみせた岩城。だが、このキャスティングと放送のタイミングには、いま振り返っても驚かされる鮮やかなコントラストがあった。

土曜は校長で月曜は総理大臣

この年の夏、岩城は同じ日本テレビの土曜ドラマ『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』にレギュラー出演していた。長瀬智也演じるヤクザの跡取りが、素性を隠して通う高校の南孝之校長役だ。学校の中で主人公の正体を知る人物だった。

その最終回が放送されたのは、9月16日の土曜日だった。そして、わずか2日後の月曜の夜、画面に戻ってきた岩城は、校長先生から一転、一国のトップリーダーへと変貌を遂げていた。週末まで高校の校長だった男が、週明けには国家の舵を取っている。

総裁選の2日前に現職首相を演じる

ドラマの布陣も圧巻だった。竜雷太が演じる亀井静香、朝加真由美の田中真紀子、綿引勝彦の森喜朗が並ぶ。さらに政界の動きを追う架空の日本テレビ政治部の記者たちを、大友康平、津田寛治、大塚寧々らが演じた。その中心で主役を引き受けたのが岩城だった。

何より驚かされるのは番組の構成だ。ドラマ本編が終わると、番組は生放送のスタジオへと切り替わり、ポスト小泉を争う総裁候補たちによる生討論へと突入したのである。

毎日のようにニュースを騒がせている現職の首相を、まさに歴史が動いている渦中で演じる。役者にとって、これほどごまかしのきかない役どころもなかったはずだ。

実際、放送からわずか8日後、小泉は首相を退陣し、第1次安倍晋三内閣が誕生した。岩城の小泉首相は、現実の政権が幕を下ろす直前の、まさに退陣前夜の打ち上げ花火だったのだ。

ニュースが一番面白い男が若者に託した願い

バイクやレースを愛する岩城滉一のイメージからすれば、政治ドラマの真ん中に立つ姿は意外に映ったかもしれない。

だが本人は、社会の動きに強い関心を寄せていた。数あるテレビ番組の中で、岩城が一番面白いと思うのはニュースだった。

番組の放送に際し、岩城は、今の若い人はあまり自国のことに興味がないと切り出した。そして、小泉さんの政治の裏側に何があったのかを描く番組だと説明し、「これから日本に生きていく者として、少しでも興味を持ってもらえたら」と語っている。

直前まで『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』で校長先生を演じていた岩城の言葉は、上からの説教というより、温かい教育者の口ぶりに聞こえる。

政権の始まりと終わりを演じた奇妙な因縁

実は、岩城が首相を演じたのはこれが初めてではない。

遡ること5年前、小泉政権が誕生して半年の2001年10月から、日本テレビで連続ドラマ『レッツ・ゴー!永田町』(主演・石橋貴明)が放送された。永田町を舞台にしたこのドラマで、岩城は民自党総裁で総理大臣の「和泉俊一郎」を演じていた。

「和泉俊一郎」という名は、その年の4月に首相となった小泉純一郎を思わせる。2001年には名前の似た首相を演じ、小泉政権が幕を下ろす2006年には小泉本人を演じる。同じ政権の始まりと終わりに、同じ日本テレビで首相の椅子に座る。それは俳優・岩城滉一と時代が織りなした、粋で奇妙な因縁だった。

誰の姿も借りず風を切る70代

70代半ばを迎えた岩城は今、自身のYouTubeチャンネル「#51TV」で素顔を発信し続けている。

2025年12月には「74歳の挑戦」と題した動画を公開し、2026年4月にはMCFAJクラブマンロードレースの第1戦に出走して、サーキットを駆ける勇姿をライブ配信した。かと思えば、初夏の梅雨の晴れ間には、愛車のハーレーダビッドソンで仲間たちと山梨へツーリングに出かける。

私生活にも変化があった。2026年1月、結婚50年を迎えた妻・結城アンナとともに『徹子の部屋』へ出演した際には、かつて日課のように続けていた銀座通いを完全にやめ、今は自宅で妻や愛犬と過ごす時間が一番幸せだと明かした。

20年前、岩城は現職総理の髪形と話し方をまね、若い世代に向けて、自分たちの国に関心を持ってほしいと訴えかけた。そして今、誰の姿も借りることなく、70代の肉体で風を切っている。かつてニュースが一番面白いと語っていた男は、自分自身の生き様そのものを、画面の向こうへと届けている。


※記事は執筆時点の情報です

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