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かつてのヒット曲をセルフカバーした【シンガーソングライター】執着と愛を表現した“ちょっと怖い”恋のうた

  • 2026.9.24
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松任谷由実-1996年8月撮影

いま『まちぶせ』と聞けば、多くの人は石川ひとみを思い浮かべるだろう。だが1996年、この曲を書いたユーミンも自ら録音している。しかも名義は「松任谷由実」ではなく、1970年代に使っていた「荒井由実」。若い歌手たちが歌ってきた片想いの物語は、作者自身の低い声と軽やかなリズムによって、どんな表情に変わったのだろうか。

荒井由実『まちぶせ』(作詞・作曲:荒井由実)ーー1996年7月15日発売

三人目の歌い手は作者自身

『まちぶせ』は1976年、三木聖子のデビュー曲として発表された。1981年には石川ひとみがカバーし、多くの人に知られる曲となる。その15年後に歌った三人目が、作者の荒井由実だった。

三木聖子の原曲、石川ひとみのヒット盤、そして作者自身によるセルフカバー。同じ歌でも、声が変われば物語の見え方も変わる。1996年盤では、若い歌手の可憐さよりも、言葉の奥にある強さがくっきりと浮かび上がっている。

可憐さの奥の粘りが前に出る声

歌詞に描かれるのは、好きな人を待つ女性だ。その姿は一途で健気にも見えるが、見方を変えれば、相手を思い続ける強い執着とも受け取れる。

石川ひとみの澄んだ歌声では、恋する若い女性の切なさが前面に出ていた。一方、荒井由実の低く落ち着いた声で聴くと、かわいらしさよりも「この恋をあきらめない」という意志の強さが伝わってくる。

歌詞もメロディも同じなのに、歌い手の声によって主人公の印象は変わる。荒井由実の1996年盤は、『まちぶせ』を健気な片想いの歌だけでなく、覚悟を決めた大人の女性の歌として聴かせる一枚だった。

軽やかなリズムで印象を変えた

1976年の三木聖子盤と1981年の石川ひとみ盤は、切なさを感じさせる歌謡曲らしい音づくりだった。それに対して1996年盤は、裏拍を強調したリズムを取り入れ、曲全体を軽やかな雰囲気に変えている。

このアレンジによって、相手を待ち続ける主人公の思いも、重苦しい執着というより、迷いのない行動として聞こえてくる。同じメロディでも、伴奏が変わるだけで歌の印象は大きく変わる。荒井由実の落ち着いた声ともよく合い、大人の余裕を感じさせる仕上がりになった。

1976年盤と1996年盤は、どちらも松任谷正隆が編曲。同じ編曲家が20年後に再び向き合い、時代に合わせて新しい音へ作り替えた点も興味深い。

かつての名前が舞台に戻ったひと夏

このシングルと同じ夏、1996年8月13日から15日にかけて、中野サンプラザで荒井由実名義の公演が開かれた。ティンパンアレーを中心とした顔ぶれが集まり、かつての名前が三日間だけ舞台に立った。

シングルで取り戻した歌が、現場でも鳴った一夏だったことになる。名義の回帰は一枚きりの遊びではなく、その夏の空気そのものだった。松任谷由実として頂点にいた人が、荒井由実として立つ。片想いの歌をその名で歌う姿を思い浮かべると、この盤の当事者性は、レコードの中だけで完結していなかったのだと分かる。

作者の声へ耳を戻すという聴き方

歌はいまも動いている。2026年4月には、石川ひとみ盤が発売45周年を記念して12インチアナログ『まちぶせ〜青春の45回転〜』として再発され、東京と名古屋で記念コンサートも開かれた。片想いの歌は、ひとりの歌い手のものにならず、それぞれの声で生き続けている。

そのなかで作者自身のバージョンは、いちばん語られることの少ない一枚かもしれない。だからこそ聴き直す価値がある。可憐さと執着の両方を、書いた本人が引き受けて歌った声が、そこにある。石川ひとみの澄んだ盤で泣いたあと、荒井由実の声に耳を戻してみてほしい。同じ歌が、待つ側の女の歌として立ち上がる瞬間に出会えるはずだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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