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32年前、レコ大受賞の歌姫から【新宿ゴールデン街の流し】へ。かすれた高音が響くドラマ主題歌

  • 2026.9.23
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※ChatGPTにて作成(イメージ)

新宿ゴールデン街の路地を、店から店へ歩いて客のリクエストに応えて歌う女性がいる。ハードロックを持ち歌にする流しで、名を和泉容という。そしてこの人は、かつてBe-Bと名乗っていた。

いまはカウンターの向こう、手を伸ばせば届く距離でその声を聴ける。だが当時、同じ声はテレビの中から、TBS系ドラマの主題歌として届いていた。夏休みの平日、宿題を放り出したまま画面の前に座っていた人ならば、あのかすれた高音が主題歌として流れ出す瞬間を覚えているはずだ。

Be-B『憧夢~風に向かって~』(作詞:さとうみかこ/作曲:佐藤宣彦)ーー1994年7月21日発売

距離が変わっただけで、歌っている人も、歌も、変わっていない。そう考えると、この曲の置き場所は「一夏のヒット」という棚ではなく、もっと長い時間のなかに測り直したくなる。前を向かせる曲を、前を向いたまま歌い続けてきた人がいる。その事実そのものが、この一曲の価値に映る。

ドラマの結末より先に耳に残った火曜の夜

1994年の夏、TBS系で放送されたドラマ『毎度ゴメンなさぁい』。主演は保阪尚輝と松雪泰子。その主題歌として、この曲は毎週流れていた。

この曲の推進力は、前へ出ることをためらわないところにある。力強いビートに乗せて、声は最初から出し惜しみをしない。夏の夜に窓を開けたとき入ってくる風と同じ向きで、聴き手を押す。応援歌と呼ばれる曲は数多いが、この曲は聴いた直後に体が少し前へ傾く。理屈より先に姿勢が変わる、その即効性が夏の夜の記憶と結びついている。

かすれた声が前を向く歌に芯を通す

Be-Bの声は、ハスキーだ。澄んだ高音で夢を歌うのではなく、かすれの混じった声で歌う。この質感が曲の背骨になっている。

きれいな声で歌われた応援歌は、時に励ましが上滑りする。ところがこの声には、すでに一度どこかで転んだあとの手触りがある。かすれの奥に力が残っていて、サビで高い音へ上がるとき、その力が一気に前へ出る。励ましの言葉に頼るのではなく、声そのものが「まだ行ける」と証明している。そこに聴き手は乗る。その声は、中学時代にハードロックに目覚めたところから育ったという。歌い方に残るロックの癖は、聴けば分かる。

作曲は佐藤宣彦。京都生まれで、元HURRICANEのギタリストとしてメジャーデビューを経て、LINDBERGらにも曲を書いてきた人だ。編曲は伊藤幸毅が担っている。ハードロック畑の作り手が書いたメロディを、ハードロックで育った声が歌う。作り手と歌い手の趣味が同じ方向を向いた曲は、無理なく前へ進む。声を飾らないまま、かすれを残したままサビの高さまで持ち上げていく旋律の線が、この声のために引かれているように聴こえる。きれいに整えようとしないところに、作り手の信頼を感じる。

名前を変えたあとも途切れなかった歌の道

その年の暮れ、Be-Bは第36回日本レコード大賞で新人賞を受けた。夏に主題歌を持ち、年末には賞の舞台に立つ。1994年は、この人にとって華やかな1年だった。

その後の道のりは、派手ではない。1997年春に移籍し、1998年3月から「和泉容」と名乗っている。そして2003年9月発売のアルバムから、Be-Bの名義でふたたび作品を出し始めた。

ヒット曲のあとに名前が変わると、聴き手の側では「あの人はどうしたのだろう」と記憶が途切れる。だが本人の側では、歌の道は途切れていなかった。名義の変更は、外から見ると断絶に映る。だが、Be-Bと和泉容は同じ人物。この曲の「風に向かって」という題は、後から振り返ると、本人の歩き方をそのまま言い当てているように映る。

客の目の前で今も風に向かう声

2016年、和泉容は新宿ゴールデン街で流しを始めた。コロナ禍でいったん中断し、2021年から本格的に再開している。ハードロックを歌う流しとして、いまも路地の店をまわっている。

店の扉が閉まれば、流しは歌う場所そのものを失う。中断の年月をはさんで路地へ戻った歩き方は、曲の題が言う「風に向かって」を、そのまま本人の身に起こしたものだ。風が止むのを待つのではなく、吹いているところへ戻る。作られてから長い時を経て、この曲は歌い手の行動という裏付けをもう一つ得た。

ゴールデン街の店は狭い。カウンター越しに客のリクエストを受け、その場で歌い出す。目の前の席から反応がすぐ返ってくる、歌い手にとって逃げ場のない現場だ。それでも、かすれた高音がサビで前へ出る瞬間の質は変わらない。かつて画面の向こうから日本中へ一斉に届いた声は、いまは一人の客の目の前で鳴っている。届く人数は小さくなっても、届き方の深さでは近づいている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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