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32年前、『男』の次にリリースした【かわいい怒りの歌】5文字に込められた想い

  • 2026.9.23
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久宝留理子-1994年2月撮影(C)SANKEI

鳴らない端末を、何度も手のひらで裏返して見る。ポケットベルが恋の連絡手段だった頃、待つ側はいつもそんな仕草をしていた。届いた数字の並びを暗号のように読み解き、返事をしたければ公衆電話の列に並ぶ。連絡の主導権は、いつも先に鳴らした側にあった。待つ側にできるのは、鳴らない理由をあれこれ想像することだけだった。

1994年の夏、その「待つ」空気の真ん中に置かれるように、一曲がテレビから流れ出す。NTTドコモのポケットベルのCMソング。その歌は、誰かに待たされている女の子の歌だった。連絡を待つアイテムのCMに、待たされる側の焦れったさを歌った曲を当てる。この噛み合いの良さが、まず耳を引いた。

久宝留理子『早くしてよ』(作詞:久宝留理子/作曲:SORCE)ーー1994年7月14日発売

前作『男』で大きな手応えをつかんだ彼女が、続けて放った11枚目のシングル。作詞は本人。強い女の歌のあとに届いたのは、待たされてむくれる等身大の女の子の歌だった。

鳴らない機械の前で膨らむ本音

主人公は、ただ待っている。来ない相手に腹を立て、何かあったのかと不安になり、それでも来ないから焦れて、また腹を立てる。怒りと不安と焦りが、短い曲の中で何度も入れ替わる。この往復の速さが、この歌のいちばんの発明に映る。曲名のひとことは命令形なのに、聞こえてくるのは意地と甘えの混ざった声だ。強がりの底に、待つ時間の心細さが透けて見える。

ポケベルが鳴るまでの時間を、あの頃の恋人たちは何度も経験していた。CMには葉月里緒奈が出演していたが、画面の向こうの物語より先に、この歌は聴き手自身の待ちぼうけを呼び覚ましていく。連絡手段の宣伝が、そのまま待たされる側の代弁になる。偶然にしては出来すぎた組み合わせだったと言いたくなる。

苛立ちを湿らせずテンポで前へ押す

言葉は久宝留理子が自分で書き、曲と編曲はSORCEが手がけた。待つ側の心を歌にすると、湿っぽくなりやすい。ところがこの曲は、初めから終わりまで軽快なテンポで走り続ける。不安も苛立ちも、立ち止まって噛みしめる暇を与えられないまま、リズムに押されて次の感情へ運ばれていく。

だから腹を立てている歌なのに、聴いている側は笑ってしまう。重くならないから、怒りが「かわいい怒り」に聞こえる。テンポが感情の重さを決める、というポップスの基本を、この曲はとても素直に体現している。

歌声も、その設計に応えている。『男』では強さそのものだった久宝留理子の声が、ここでは張りを保ったまま、語尾に少しだけ甘さを残す。強く言い切る瞬間と、言い切れずに揺れる瞬間。その両方が同じ声から出てくるから、意地とかわいさが一人の主人公の中に同居して聞こえる。

聴きどころは、曲名のひとことを声にする瞬間だ。命令のかたちをした言葉を、彼女は怒鳴らずに、少し笑いを含んだ強さで投げる。叱っているのか甘えているのか、聴くたびに受け取り方が揺れる。その揺れこそが、待たされる側の本音の手触りに映る。

みんなが自分の声で歌った待ちぼうけ

シングルは40万枚を超える売上を記録し、『男』に続くヒットになった。ただ、この曲の広がり方を語るなら、売上より先にカラオケの話をしたくなる。

通信カラオケが街のあちこちに普及した時期と、この曲の発売は重なる。待たされる側の歌を、待たされた経験のある誰もが自分の声で歌った。1994年年間カラオケランキングでも50位以内に入っている。友達の前で、少し怒った顔をつくって歌う。命令形のタイトルを、笑いながら叫ぶ。聴く歌としてより、歌う歌として共有された曲だったのだと感じる。だから今でも、歌詞カードを見ずに最後まで歌える人もいるはずだ。

連絡が一瞬で届いても焦れは消えない

2026年、久宝留理子はアルバム『Second Rookie』でこの曲をアコースティック版として歌い直した。編曲は都啓一。同じ言葉を、別の速度と温度で聴かせる歌い直しに映る。軽快に走らせていた頃には聞き流していた言葉のひとつひとつが、生楽器の静かな伴奏の中では、待つ時間の長さそのものとして立ち上がってくる。

ポケベルはとうに消え、連絡はスマホですぐ届く。それでも返事のこない画面を何度も見る仕草は、鳴らない機械を裏返していたあの頃と、ほとんど変わっていない。道具が変わっても待たされる側の本音は変わらない。この歌が歌われ続ける理由を、そこに感じる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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