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病棟で同時に2人の患者から「個室に移りたい」→空きは1部屋だけ。看護師が下した決断とは…

  • 2026.9.14
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターこてゆきです。

病棟では、患者さんの希望がすべてそのまま叶えられるとは限りません。

病室の空き状況や治療上の必要性、安全面など、さまざまな事情を考慮しながら環境を調整する必要があります。

そんなある日、私が勤務していた病棟で、同じタイミングに2人の患者さんから「個室に移りたい」という希望が出たことがありました。

どちらも簡単には譲れない様子。

最初は「個室の取り合いになってしまった」と感じたのですが、話を聞いていくと、2人が個室を必要としていた理由はまったく違っていました。

「個室にしてもらえませんか?」

その日の午後、ナースステーションに中年女性患者のAさんがやってきました。

Aさんは、入院して数週間が経過している患者さんでした。

最近は少しずつ病棟生活にも慣れてきていましたが、環境の刺激に疲れやすく、「できれば静かな環境で過ごしたい」と以前から話していました。

「ちょっとお願いがあるんですけど…」

「はい、どうしました?」

Aさんは少し迷ったあと、こう言いました。

「個室に移れませんか?」

「個室ですね。何か困っていることがありますか?」

するとAさんは、

「同室の人の音が気になって、夜に眠れないんです」

と話しました。

Aさんの治療のためにはしっかりと睡眠をとってもらうことが重要でした。そのため、私たちもAさんの希望について以前から検討していました。

ただ、病棟の個室には限りがあります。

必要性の有無を判断したうえで移動してもらう必要があるため、すぐに希望どおりに対応できるとは限りません。

「わかりました。他のスタッフとも相談しますので、その後またお声がけしますね」

そう伝えると、Aさんは少し安心したようにうなずきました。

ところが、その日の夕方。

今度は別の患者さんから、同じ希望が出たのです。

「私も個室にしてください」

Bさんも同じ病棟に入院している中年女性でした。

Bさんは以前から、他人の視線を気にする様子があり、大部屋であることに強い緊張を感じることがありました。

その日の夕方、Bさんからも、

「個室に移りたいです」と改めて希望がありました。

「個室ですね。何かありましたか?」

「ここにいると、みんなが私を見ている気がするんです」

Bさんは周囲を気にしながら話しました。

「誰かに何か言われたんですか?」

「そういうわけじゃないけど…見られている感じがして落ち着かないんです」

Bさんにとっても、個室は切実な希望でした。

しかし、個室は1つしか空いていませんでした。

スタッフ間で情報を確認すると、ちょうどAさんからも個室希望が出ていることがわかりました。

「Aさんも、個室希望が出てるよね」

「そうですね。昨日から睡眠のことを訴えています」

「Bさんも視線が気になると言っているし…」

単純に「先に希望した人を優先する」というだけでは判断できません。

それぞれに事情があるからです。

「私のほうが先にお願いしたんです」

翌日、Aさんに現在の状況を説明しました。

「実は、別の患者さんからも個室への移動希望が出ているんです」

すると、Aさんの表情が変わりました。Aさんは少し考えたあと、こう言いました。

「でも、私のほうが先にお願いしましたよね?」

「はい。Aさんから先に相談を受けています」

「じゃあ、私を先にしてもらえませんか?」

声は大きくありませんでしたが、いつもより強い口調でした。

その後、Bさんにも同じように説明しました。

するとBさんも、

「私のほうが今必要なんです」

と譲りません。

「他の方が先にお願いしたとしても、私は本当にここにいると休めないんです」

2人の主張だけを聞いていると、まるで「自分の希望を通してほしい」という争いのようにも見えました。

スタッフ側としても、どう調整するのがよいのか慎重に考える必要がありました。

「1人になりたいわけじゃないんです」

そこで、Aさんに改めて話を聞くことにしました。

「Aさん、個室に移りたいということですが、もう少し詳しく教えてもらってもいいですか?」

「…1人になりたいわけじゃないんです」

意外な言葉でした。

「じゃあ、何が一番つらいですか?」

Aさんはしばらく黙ってから話し始めました。

「夜なんです。隣の人が寝返りを打つ音とか、寝息とか。小さい音なんですけど、気になり始めると止まらなくなって」

Aさんは、布団に入ってから眠れなくなる日が続いていることを話してくれました。

「昔から、一度眠れなくなるとまた眠れないんじゃないかって考えてしまうんです」

「それで、朝まで眠れなくなることがあるんですね」

「はい…。だから、個室なら眠れるかなと思って」

ここで、Aさんが求めていたのは「個室」という部屋そのものではないことが少し見えてきました。

必要だったのは、夜間に安心して眠れる環境だったのです。

Bさんが怖かったのは「同室者」ではなかった

一方、Bさんにも改めて話を聞きました。

「Bさんは、個室に移ると安心できそうですか?」

「はい」

「一番つらいのは、どんなときですか?」

Bさんはしばらく黙っていました。

「…人の目が気になるんです」

「同室の方が何かされていますか?」

「何もされてません。でも、目が合った気がすると、何か思われたんじゃないかってずっと考えてしまうんです」

Bさんは、同室者が悪いわけではないこともわかっていました。

それでも、人が近くにいるだけで緊張が強くなり、落ち着かなくなることがありました。

つまり、Bさんの場合は「静かな場所が欲しい」というより、「人の視線を意識せずに過ごせる環境」が必要だったのです。

同じ「個室に移りたい」という言葉でも、その背景はまったく違っていました。

個室を「譲る・譲らない」だけでは解決しない

スタッフで相談した結果、個室の優先順位だけで2人を比較するのではなく、それぞれの困りごとに合わせて環境を調整することになりました。

Aさんについては、夜間にできるだけ刺激が少なくなるよう、同室者との生活音について確認し、必要に応じて病室内の配置などを調整しました。

また、就寝前に不安が強くなっていないか確認し、眠れないことへの不安についても話を聞く時間をつくりました。

Bさんについては、日中に人の視線が気になったときに少し離れて過ごせる場所を確保し、刺激が強くなったときにはスタッフへ伝えてもらうようにしました。

その後、2人の状態を改めて確認したうえで、個室の必要性を検討することになりました。

数日後、Aさんがぽつりと話してくれました。

「前は、個室じゃないと無理だと思ってたんです」

「今はどうですか?」

「夜に少し話を聞いてもらえるだけでも違うんですね」

Bさんも、以前より落ち着いて過ごせる時間が増えていきました。

「個室」という言葉の裏にあったもの

今回の出来事で印象に残ったのは、2人とも決してわがままを言っていたわけではなかったということです。

「個室にしてください」

という同じ言葉の裏側には、

「眠れなくなるのが怖い」

「人の視線が怖い」

という、それぞれの切実な困りごとがありました。

もし「個室は限りがあるから、どちらか1人しか無理です」とだけ考えていたら、2人の間で「どちらを優先するか」という話になっていたかもしれません。

もちろん、病棟には限られた部屋やスタッフの人数など、簡単には変えられない事情があります。

だからこそ、希望されたものをそのまま提供するだけではなく、「なぜ、それが必要なのか」を確認することが大切なのだと思います。

患者さんの言葉は同じでも、その背景にある苦しさは同じとは限りません。

「個室にしてほしい」という一言をきっかけに、その人が本当に困っていることは何なのか。

それを一緒に探していくことも、看護の大切な仕事なのだと感じた出来事でした。



ライター:精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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