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カントリーミュージック界のアイコン、ドリー・パートンが80歳で死去

  • 2026.8.28
Getty Images

カントリーミュージックの概念を再定義した伝説的歌手、ドリー・パートンが80歳で逝去した。2026年8月25日、彼女の甥であるブライアン・シーヴァーがドリーの公式インスタグラムアカウントに投稿した1本の動画でこの訃報を発表した。

「このビデオでの発表は、私が将来の現実として完全に受け止める何年も前に、ドリーから頼まれていたものです」と、シーヴァーは動画の中で語った。「私の父ラリ—の跡を継ぎ、20年以上彼女のセキュリティ責任者を務めてきた中で、私はこの瞬間の重みを想像してきましたが、今になって初めてそれを真に実感しています。誇りと大きな悲しみが入り混じった、非常に光栄な役目です。しかし、悲しみを抱いているのは私たちであり、ドリーではありません。ドリーは光の中で生き、主イエスの御腕の中にいます。カールやご両親、そして彼女を見守り天国で会いたいと切望していた数え切れないほどの人々に、確実に迎え入れられているはずです」

彼はこう続けた。「私と家族はドリーと素晴らしい思い出を共有してきましたが、みなさんも同じでしょう。彼女は常にテレビやレコードプレーヤー、CD、スマホのプレイリストの中にいて、みなさんが好きかどうかにかかわらず、それはある意味、家族の延長のような存在でした。私たち家族は、彼女が遺産を託したチームとともに、彼女のスピリットが永遠に生き続けるよう、忠実に尽力してまいります」

シーヴァーはドリーの最後の願いを振り返り、声明を締めくくった。「ドリーは父親と同じく、農夫のような存在でした。父親は土を耕し、彼女は歌と幸せを育みました」「ドリーは私に電話をかけてきて、『重たいラインストーンを着続けた人生だったから、最後はフカフカの綿の素敵なベッドで休みたい。ようやく心地よく眠る資格が得られたのだから』と言っていました。ドリー叔母さん、安らかにお眠りください。ドリー・パートンに神の祝福がありますように。そしてみなさんにも神の祝福がありますように。彼女はいつまでもみなさんを愛しています」

ドリーは夫のカール・ディーンが2025年3月に他界した後、自身の体調悪化について、8月21日に『People』誌に共有した声明の中で最新情報を明かしたばかりだった。「過去1年間にビデオメッセージでお伝えしてきたように、私はカールを看病していた時には気に留めていなかった、いくつかの健康問題と向き合っています」とドリーは語っていた。「知っての通り、私がこのような事態に対処するのはこれが初めてではありません。80年代初頭にも、女性特有の疾患で数ヶ月間寝込み、当時は体重のコントロールにも苦しんでいました。ですから、健康上の困難を経験したことがないわけではないのです。……まだ回復の途中ですが、私は今も仕事をしています! みなさんご存じの通り、私は夢を追い続けて追い込まれるようなタイプですし、達成したいことがまだたくさんあります。だからすべてを実現させるために、できる限り仕事を続けていきます」

1965年、ドリー・パートン。 Michael Ochs Archives

「カントリーの女王」として広く知られるドリーは、60年前に音楽キャリアをスタートさせ、1967年のデビュー作『Hello, I'm Dolly』を皮切りに50枚近くのソロスタジオアルバムをリリースした。その後、『I Will Always Love You』『Jolene』『9 to 5』『Coat of Many Colors』など、チャート首位を獲得する名曲を数多く生み出した。世界中で1億枚以上のレコードを売り上げたドリーは、歴史上最も売れた音楽アーティストの1人である。

1946年、テネシー州のひと部屋しかない丸太小屋で生まれたドリーは、父ロバート・リー・パートン・シニアと母エイヴィー・リー・キャロラインの間に生まれた12人兄弟の4番目だった。音楽への情熱は幼い頃から始まり、6歳の時に祖父の教会で初めて公の場でのパフォーマンスを行った。やがて東テネシーのローカルラジオ番組で演奏するようになった。

ドリーはスモーキー山脈での質素な育ちについて度々語り、家族がいかにお金を持っていなかったかを振り返っていた。「私たちはいつも『生意気な奴が教えてくれるまで、自分が貧乏だということすら知らなかった』なんてジョークを言っていたものです」と、彼女は2015年の『Today』誌のインタビューで語っている。「私たちにはお金はありませんでしたが、愛や優しさ、思いやりなど、お金では買えないものには恵まれていました」

David Crotty / Getty Images

数十年におよぶキャリアを通じて、ドリーは11のグラミー賞と3つのエミー賞を獲得したほか、アカデミー賞に2回、ゴールデングローブ賞に6回、トニー賞に1回ノミネートされた。2025年、映画芸術科学アカデミーは慈善活動を称え、ドリーにアカデミー名誉賞であるジーン・ハーショルト友愛賞を授与した。

伝説的な音楽キャリアに加え、ドリーは俳優としても高い評価を得た。1980年のコメディ映画『9時から5時まで』と1982年のミュージカル映画『テキサス1の赤いバラ』での演技が評価され、ゴールデングローブ賞主演女優賞に2度ノミネートされた。また、1989年のヒューマンドラマ『マグノリアの花たち』、1992年のラブコメ『ストレート・トーク/こちらハートのラジオ局』、2012年のミュージカルコメディ『ジョイフル♪ノイズ』にも出演した。

また、ドリーは若いアーティストたちの指導者やコラボレーターとしても知られていた。近年ではビヨンセやサブリナ・カーペンターとタッグを組み、マイリー・サイラスのゴッドマザーでもあった。ドリーウッド財団を通じて多くの慈善活動を主導し、その中で最も著名なのが「イマジネーション・ライブラリー」である。これは登録された子どもたちに対し、誕生から幼稚園に入学するまでの間、毎月本を届けるというプログラムだ。この活動は、読み書きができなかった彼女の父親からインスピレーションを得て設立されたものだった。

直近では、最後のスタジオアルバムとなった『Rockstar』を2023年にリリース。このアルバムはBillboard 200で初登場3位を記録し、彼女のアルバムとして過去最高位となった。


Translation: Harper's BAZAAR JP From Harper's BAZAAR.com

From: Harper's BAZAAR US

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