1. トップ
  2. エンタメ
  3. オードリー・ヘプバーンの息子たちが明かす、母の飾らない素顔。「母は自分が特別だと気づいていなかった」

オードリー・ヘプバーンの息子たちが明かす、母の飾らない素顔。「母は自分が特別だと気づいていなかった」

  • 2026.8.28
Alexandre Fuchs / Getty Images

ハリウッド黄金時代を代表する女優として活躍し、今なおファッションアイコンとして愛され続けるオードリー・ヘプバーン。先日、息子のショーン・ヘプバーン・ファーラーがインタビューに応じ、家族だからこそ知る“母の飾らない素顔”を明かした。

息子が明かす、オードリーが知らなかった自身の魅力

映画『ローマの休日』や『ティファニーで朝食を』など、数々のハリウッド映画への出演で知られる、オードリー・ヘプバーン。1960年7月に、彼女とアメリカ人俳優のメル・ファーラーとの間に生まれた長男ショーン・ヘプバーン・ファーラーは先日、『People』の取材に応じた。

オランダで第二次世界大戦の過酷な日々を生き延びたオードリーは、もともと夢に見ていたバレリーナの道に戻ることを望んでいたという。しかし、戦時中の栄養不足や十分なトレーニングを受けられなかったことで、その夢を断念せざるを得なくなり、女優の道へ進むことに。

「母は、自分があれほどの成功を収めるとは、きっと思っていなかったと思います。いつも『私はプロの女優ではなかったのに、素晴らしい役をもらった』と話していました」

Bettmann / Getty Images

またショーンによると、オードリーは自身の成功に浮かれることはなく、一気にスターダムへ駆け上がったキャリアも、同じような速さで悪い方向へ転じる可能性があると考えていたという。そうした姿勢が、彼女を謙虚なままにし、そのとき与えられた仕事一つひとつに全力で向き合うことにつながったよう。

「母は、自分があれほど特別な人間だとは、きっと分かっていなかったんだと思います。だからこそ、自分にできる最善を尽くし、すべてを注いだのでしょう」

「女優としての才能は生まれ持ったものだった」

演技という仕事や技術に対して深い敬意を持っていたものの、多くの俳優のように確立された演技技術を身につけていたわけではなかったオードリー。演技の専門的な訓練を受けていなかったからこそ、スクリーン上であれほど自然で本物の魅力を放つことができたとショーンは語っている。

「多くの場合、スクリーンに映っているのは、別人になりきったオードリー・ヘプバーンではなく、役柄を通して見えるオードリー自身なんです」

「すべてがうまくいったのは、演技が新鮮で、その瞬間に生まれていたからなのかもしれません。あらかじめ用意されたものがなかったんです。魔法のようなものの裏側にある“技術”を、観客に感じさせないことはとても大切です。母の場合は、そもそもそうした技術を持っていなかった。だからこそ、私たちに見えたのは“魔法”だけだったんだと思います」

Bettmann / Getty Images

ショーンによると、1950年代から60年代にかけて広まったメソッド演技(役柄に徹底的に入り込む演技法)などでは、俳優自身が役柄の人物へと変身することが重視されていたという。一方、オードリーは役柄を深く研究し、その人物と時間をかけて向き合うことで、少しずつ演技を学んでいったよう。確立された技術に頼るのではなく、一つひとつの役と真摯に向き合う姿勢が、より自然な演技につながっていたのかもしれない。

さらに、1970年2月にイタリア人精神科医アンドレア・マリオ・ドッティとオードリーの間に生まれた次男ルカ・ドッティも、母の女優としての才能は生まれ持ったものだったと語っている。

「母には、女優になるための強い衝動があったのだと思います。それは、生まれつき持っているか、持っていないかのどちらか。もちろん、そうした才能がどこから来たのかは、自分の経験から説明することもできます」

「母は、名声というものは観客が自分に与えてくれたものだと、いつも感じていました。そして、その観客がいつ気持ちを変え、母のことを忘れてしまってもおかしくないとも考えていたんです。母にとって名声は、自分で築いたものではなく、与えられたものだったのです」

次男ルカ・ドッティと長男ショーン・ヘプバーン・ファーラー Ernesto S. Ruscio / Getty Images

華やかな名声の裏にあった、家族との時間

ウェンディ・ホールデン氏とともに伝記『Intimate Audrey: The Authorised Biography』を共同執筆したショーン。2026年4月に公開された『The Guardian』のインタビューによれば、この本は、20世紀を代表する女性の一人だったオードリーの人生を“舞台裏”から描いたものだという。

華やかなスターとしての姿だけではなく、一人の母親としてのオードリーを知るショーンだからこそ描ける、知られざる一面も収められているとのこと。そして、ハリウッドとは遠く離れたスイスとローマで、ごく普通の子ども時代を過ごしたというショーンは、同インタビューで母との思い出をこう振り返っている。

「母は、何よりも普通の生活を大切にしていました。人生は短く、移ろいやすく、壊れやすいものだと分かっていたんです。だから、家庭を持ちたいと願ったのなら、実際に家庭を築いたあとも、仕事を家庭に持ち込んで、その時間を犠牲にするようなことはしたくなかったのでしょう」

ショーンとオードリー Bettmann / Getty Images

そんなショーンが、母親が世界的な大スターだったと実感したのは14歳の頃。ある日、母の出演作の16ミリフィルムを取り出し、屋根裏部屋で「オードリー・ヘプバーン映画祭」を開催したという。 オードリーも時折その部屋を訪れ、息子に感想を聞いていたというが、ショーンが作品を褒めると、彼女は自分ではなく、監督や共演者の功績だと語っていたとのこと。

世界的な名声を手にしても、自分の特別さを意識することはなかったというオードリー。その謙虚さと飾らない人柄こそが、今もなお多くの人を惹きつける理由なのかもしれない。

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ