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自宅の中でも「迷子になってしまう」人がいるのはなぜか

  • 2026.8.26
Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

寝室からキッチンへ向かう途中で、突然どちらへ進めばいいのかわからなくなる。

多くの人にとっては想像しにくいことですが、実際に、何年も暮らしている場所や自宅の中でさえ迷ってしまう人がいます。

こうした人たちは、建物や目印を見分けられないわけでも、知的能力に問題があるわけでもありません。

それでも「その場所が周囲のどこに位置しているのか」を把握することが難しく、慣れた場所でも道を見失ってしまうのです。

この状態は「発達性地誌的失見当(developmental topographical disorientation:DTD)」と呼ばれています。

では、見慣れた景色を認識できるのに、なぜ自宅でさえ迷ってしまうのでしょうか。

研究からは、私たちが普段ほとんど意識せずに使っている「頭の中の地図」が関係している可能性が見えてきています。

目次

  • 「場所はわかる」のに「どこにあるか」がわからない
  • 自宅でも道に迷ってしまう原因とは?

「場所はわかる」のに「どこにあるか」がわからない

DTDは、脳損傷や神経疾患によって後から方向感覚を失う症状とは異なります。

幼少期からナビゲーションに強い困難があり、その原因となる明確な後天的脳損傷がないことが特徴です。

DTDという名称を用いた最初の症例は、2009年にカナダ・ブリティッシュコロンビア大学の神経科学者によって報告されました。

研究対象となった女性は、感覚機能や知的能力には問題がありませんでしたが、生涯にわたって道を覚えたり目的地へ移動したりすることに苦労していました。

現実空間と仮想空間を使ったテストから浮かび上がったのは、「認知地図(cognitive map)」を作ることの難しさでした。

認知地図とは、頭の中にGoogleマップのような映像が浮かんでいるという意味ではありません。

例えば「自宅の近くに駅があり、その先にスーパーがあり、公園は反対方向にある」といった、場所同士の位置関係をまとめた頭の中の空間情報です。

私たちはこの情報があるため、いつもの道が使えなくても別の道を選んだり、違う方向から目的地へ向かったり、道を間違えたあとにルートを修正したりできます。

ところがDTDの人の一部では、この「場所と場所を結びつける地図」を作ることが特に難しいと考えられています。

15件の実証研究をまとめた系統的レビューでも、DTDにおけるナビゲーションの問題は、主に認知地図の質と関係していました。

興味深いのは、ランドマークそのものを認識する能力は比較的保たれていることです。

つまり「あの建物は知っている」とわかっていても、「その建物が自分のいる場所から見てどちらにあるのか」がわからないことがあるのです。

自宅でも道に迷ってしまう原因とは?

この特徴は、自宅の中で迷ってしまうケースを考えるとわかりやすくなります。

重度のDTDを持つ人に自宅の間取り図を描いてもらった研究では、部屋を通る順番は覚えていても、それぞれの部屋の形や大きさ、位置関係を正確に表すことが難しい場合がありました。

つまり「寝室を出たら廊下を進み、次に右へ曲がればキッチン」という手順は覚えられても、「寝室とキッチンが家全体の中でどう配置されているか」という地図は十分に作れていない可能性があります。

そのため、いつもと同じ条件なら問題なく移動できることがあります。

しかし外出中なら道路が通行止めになったり、普段とは違う入口から建物に入ったり、途中で曲がる場所を1つ間違えたりすると、それまで頼っていた「手掛かりの順番」が崩れます。

すると頭の中の地図を使って別ルートへ切り替えることが難しくなり、一気に現在地がわからなくなってしまうのです。

こうした困難は、単なる「方向音痴」では済まない場合があります。

研究では、DTDによって1人で行動できる範囲が制限され、進学や職業の選択にまで影響する可能性が指摘されています。

そのため、特定の道順を丸暗記したり、他人に同行してもらったり、GPSなどのナビゲーション技術を利用したりして対処する人もいます。

GPSはDTDの人に大きな自由を与える一方、スマートフォンの案内が当たり前になった現在では、本人でさえ自分のナビゲーション能力の困難さに気づきにくくなっている可能性もあります。

なお、DTDについては、まだ統一された診断方法が存在しておらず、研究ごとに定義や評価法にも違いがあります。

今後は一般的な「方向感覚の個人差」とDTDを、より明確に区別する基準を作ることが課題となっています。

私たちは普段、駅から家へ帰ったり、部屋から部屋へ移動したりするときに、脳が何をしているかをほとんど意識しません。

しかしその裏では、場所の記憶、方向、距離、ランドマークなどの情報が組み合わされ、「自分がどこにいて、目的地がどこにあるのか」という空間のモデルが絶えず作られています。

DTDは、その仕組みの一部がうまく働かないだけで、見慣れた場所でさえ急に「どちらへ行けばいいかわからない場所」になり得ることを示しています。

家の中で迷わず歩けるという当たり前の行動も、実は脳が静かに作り続けている精巧な「地図」に支えられているのです。

参考文献

Some People Can Get Lost Even in Their Own Homes. Scientists Are Unraveling Why
https://www.sciencealert.com/some-people-can-get-lost-even-in-their-own-homes-scientists-are-unraveling-why

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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