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押井守がつくる新ジャンル「コーチ映画」とは?メインテーマは後藤隊長の常套句「みんなで幸せになる」【押井守連載「勝手にジャンル。」第1回前編】

  • 2026.8.24

映画を観るうえで指標の一つとなる“ジャンル”。押井守連載「勝手にジャンル。」では、押井監督が「ホラー」や「SF」など一般に周知されているジャンルではなく、独自の目線で“新しいジャンル”をつくり、さらなる映画の愉しみ方を追求していきます。

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押井守新連載「勝手にジャンル。」、記念すべき最初のジャンルは「コーチ映画」! 撮影/河内彩
押井守新連載「勝手にジャンル。」、記念すべき最初のジャンルは「コーチ映画」! 撮影/河内彩

今回の連載では、一つの新ジャンルにつき連載3回分、代表的な作品を例に挙げつつ押井監督が解説していく形式となっています。そんな記念すべき最初のジャンルとなるのは、文字からも意味が読み取れそうな「コーチ映画」。第1回となる本稿では、マイナーリーグを舞台にした異色野球映画『さよならゲーム』(88)を取り上げ、「コーチ映画」が成立する条件から、“みんなで幸せになる”というメインテーマなどを解説する。どうやら普通の師弟モノとは違うようだが?

「偉い師匠が登場するというのは安直でわかりやすいからよく使われるパターン」

――押井さんの新連載「勝手にジャンル。」の第1回です。押井さんが“勝手に”つくった最初のジャンルは「コーチ映画」です。

「前回もこの新連載の説明をしたけど、もうちょっと付け加えたい。私が思うにいま、映画を観るという行為が放置されている。つまり、観客任せになっている。私に言わせれば、いまどきのお客さんは映画の観方がまるでわかっていない。わかっていないということは、映画の愉しみ方のごくごく片鱗しか享受していない。

いま、流行っている映画評っていいか悪いかのどっちかでしょ?一見、単純でわかりやすいとはいえ、『観客を導こう』『いい映画を教えよう』としているとは思えない。じゃあ、おもしろい映画はどうやって探すのか?いまは情報が氾濫していて個人が怠惰になり、教えてもらって当たり前になっている。美味しいラーメン屋を探す時もグルメサイトの★を数えればいい。でも、美味しくなかったらどうするのか?『金返せ』『あのサイトは嘘ばかりだ』となる。私に言わせればそういうのを参考にしたからなんだ、になる。自分の鼻を効かせる、勘を働かせる――そういう行為が受けるほうにも必要なの!それがあるかないかでラーメンも映画も文学も美術も100倍200倍すばらしい体験ができる。それができるようになれればいいという想いも込めているわけです」

いわゆる師弟モノは「コーチ映画」の条件を満たさない?(写真は『クレージーモンキー 笑拳』より) [c]EVERETT/AFLO
いわゆる師弟モノは「コーチ映画」の条件を満たさない?(写真は『クレージーモンキー 笑拳』より) [c]EVERETT/AFLO

――ということは、押井さんがそういう観方を教えてくれるということで、最初にコーチ映画を選んだ理由にも重なりますね。

「そうです。で、コーチ映画と言われてどんな映画が頭に浮かぶ?」

――そう言われてすぐに思いつくのは「スター・ウォーズ」シリーズのジェダイ騎士の2人組、マスターとパダワンですが。

「まあ、単純に考えればそうなるんだけど、私がいうコーチ映画に『スター・ウォーズ』は入りません。だってヨーダはワザくらいしか教えてないでしょ?ジャッキー・チェンの『スネーキーモンキー 蛇拳』(78)や『ドランクモンキー 酔拳』(78)と似たようなもの。偉い師匠が未熟な弟子をひたすら鍛え上げ、試合や勝負に勝ちましたというのは私のコーチ映画には入りません!アクション映画にくっついているおまけですよ。自分が未熟、敵は強大。そこに偉い師匠が登場するというのは安直でわかりやすいからよく使われるパターン。ワザを教えてもらって特訓してもらい、勝負に勝利したというのでは、私のいうコーチ映画の条件を半分も満たしていません。

じゃあなにかといえば、物事には必ず“裏”がある。それを教えてくれるのが、私の言うところのコーチであり師匠です。勝負に勝つための裏ワザですよ。例えば『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』(81)の時、ハリソン・フォードが刀を振り上げて襲って来た大男を銃で一蹴しちゃうでしょ?ああいうことを教えてくれるのがいいコーチです。まっとうに闘っても勝てるはずない相手なら、そういう裏ワザが役立つと教えるべき。裏表、どちらも教えるから師匠なの!ヨーダのように表しか教えてない者を、私は師匠とは呼ばない。理想だけで弟子を育てるのはコーチ映画ではない。宗教と同じですよ」

インディがめんどくさそうに拳銃で仕留める“裏ワザ” [c]EVERETT/AFLO
インディがめんどくさそうに拳銃で仕留める“裏ワザ” [c]EVERETT/AFLO

――師匠と弟子の話って、とても多いですよね。とりわけアメリカ映画にはたくさんある。

「映画の一大潮流と言ってもいいくらい。なぜ多いのか?人生には先達が必要だからです。親よりも兄弟よりも友だちよりも、恋人よりも愛人よりも奥さんよりも、まず必要なのは先達。自分を導いてくれる人、教えてくれる人です。自分に同調してくれる人間はたくさんいる。友だちは基本、そうだからいっぱい欲しいと思う。同調してくれる人が多いほうが安心できるから。でも、彼らが人生を教えてくれるかとなるとかなり怪しい」

――確かにそうですね。だったら、押井さんが認めるコーチ映画の押井さんなりの条件というか定義を教えてください。

「いくつかあって、その一つは『師匠は野望をもつべし』。弟子を勝たせるという野望とは違う、自分に直結した動機。だからこそ人間は真剣になれる。そうすることで自分もなにかを実現する。『機動警察パトレイバー』の後藤がやっているようなことだよね。相手の計画も自分の計画も成功させる。だから彼はいつも、『みんな一緒に幸せになろう』と言っているじゃない。

この後藤の常套句『みんなで幸せになる』は、コーチ映画のメインのキャッチフレーズ。いや、メインテーマと言ってもいいかな。それがいかに困難かを描くから、ちゃんとドラマにもなるしおもしろい映画にもなる。相手を利用することはできる。でも、それを自分の幸せにつなげるのは難しいからですよ」

「コーチ映画だけど、技術論や普通の育成話にいかないのがこの映画のおもしろいところ」

――そのジャンルの最初の作品として押井さんが選んだのは『さよならゲーム』です。ロン・シェルトンの監督&脚本、ケビン・コスナー扮するマイナーリーグのベテランキャッチャー、クラッシュが、豪速球を投げられるけれどコントロールがまったくできない若いピッチャー(ティム・ロビンス)の捕手兼教育係を頼まれる。この2人に野球を宗教として崇めるほど大好きな短大の臨時講師(スーザン・サランドン)が絡む異色の野球映画。自身もマイナーリーグにいたことがあるシェルトンだからこそのおもしろさもありますし、セリフもすばらしい。同年のアカデミー賞ではシェルトンが脚本賞にノミネートされました。

『さよならゲーム』、一般的なジャンルでは「ラブコメディ」が一番近い? [c]EVERETT/AFLO
『さよならゲーム』、一般的なジャンルでは「ラブコメディ」が一番近い? [c]EVERETT/AFLO

「『さよならゲーム』がなぜ優れているかというと、クラッシュがメジャーリーグから落ちて来た選手という設定にしているところ。彼は苦い挫折を経験している。挫折した人間は人になにかを教える準備ができているんです。人間はどういうところでつまずくのかを身をもって知っているから。なぜ挫折が必要かといえば、人間は挫折からしか学ばないの。挫折したということは、そういう苦い経験をしたということであり、経験しない限りなにも学ばなければ、それを誰かに伝える方法もわからない。名選手は名コーチになれない理由だよね。野球であろうがサッカーであろうが一緒。サッカーでいうと、ディフェンダーでまあまあだった選手が名コーチになる場合が多い」

――それはわかるような気がします。

「挫折した人間は、人になにかを教える準備ができている。そして、そういう失敗を経験すると、そこから立ち直るのは難しい――これが第2の条件だよ。挫折によって、自分は再び栄光には近づけないことを知り、それが誰かを育てようという動機につながる」

「コーチ映画」の条件を解説していく押井監督 撮影/河内彩
「コーチ映画」の条件を解説していく押井監督 撮影/河内彩

――クラッシュは自分のことを「野球に愛されなかった」と言っていましたね。自分はこんなに好きなのにって。だから切ない。その一方で、彼の教えを受ける豪速球ピッチャーは「野球に愛されている」って。単純な彼はそんなこと考えもしませんが(笑)。

「その弟子にも条件がある。『さよならゲーム』の場合は、若いピッチャーには育てるに値する才能があった。だからコーチ映画として成立している。そう、弟子はボンクラじゃダメなの。『弟子は優れた才能をもっている』じゃないと実現できない。もっと言えば、これは絶対条件であって、教える側は凡庸でも構わないくらい。もう一つ、そこに付け加えると『なおかつ野望がある』こと。才能はあるけどヤル気のないやつもいるからね。こういうヤツは教えようがない。宮さん(宮崎駿)も言っていたけど、やりたいことで頭がパンパンになっている者に、こっちだよと道筋をつけてあげるのが師匠の仕事だって。その野望はなにも大きい必要はない。有名になりたいとか、お金持ちになりたいでもいい。それ以上になにを実現したいのかが問題――つまり自己実現ですよ。それが頭をパンパンにしている最大の理由。現実の自分が追い付いていないから」

中年キャッチャーのクラッシュと、新人ノーコン投手のヌーク [c]EVERETT/AFLO
中年キャッチャーのクラッシュと、新人ノーコン投手のヌーク [c]EVERETT/AFLO

――いまどきの承認欲求もその一つなんですか?

「そういうとみんなピンとくるんだろうね。ユーチューバーでもインフルエンサーでもなんでも、世間に注目されたいんでしょ?しかもいまはわかりやすく、それが定量化している。そうなると数字だけが気になってくるという罠にかかってしまうんだよ。そうして気が付けば自滅している。大体もって5年くらいじゃないの?

一つ問題があるとすれば、彼らには師匠がいない、ユーチューバーは師匠を持てない。これが最大の問題。指導者のいない状況で、ストレートに観客とつながり、ただちに定量化される世界。そもそも師匠なんて入り込む隙間がないじゃないの。だから、私に言わせればユーチューバーの育成講座なんて機能しないんです。安直な方法で師匠は手に入らないから。まずは自分の才能を示し、そうやって初めて師匠が現れる。だから、コーチ映画は両者の条件が一致しないと成立しないんです」

【写真を見る】これも“裏ワザ”!?新人投手をパンツ一丁にさせ、ガーターベルトを装着し投球フォームを矯正 [c]EVERETT/AFLO ※写真は『さよならゲーム』
【写真を見る】これも“裏ワザ”!?新人投手をパンツ一丁にさせ、ガーターベルトを装着し投球フォームを矯正 [c]EVERETT/AFLO ※写真は『さよならゲーム』

――ということは『さよならゲーム』はその2つが両立していたわけですね?

「そうです。クラッシュはメジャーからマイナーに落ちて来たベテランのキャッチャー。年齢も中年期で、打率もそこそこ。おそらくもうすぐ選手生命はおしまいになるところだったんだよ。でも、そこにすばらしいピッチャーが現れる。驚くべき剛速球を投げるが、驚くほどのノーコンっぷり。そういう彼に必要なのはコントロールを教える人間だけ。自分の利害と一致するわけだけど、そこから技術論や普通の育成話にいかないのがこの映画のおもしろいところなんだよね」

――そうです、そこがすばらしい。なので続きは後編でお願いします!

取材・文/渡辺麻紀

※宮崎駿の「崎」は「たつさき」が正式表記

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