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「90歳ですから、まだ大丈夫でしょう」何度知らせても帰らなかった実の娘。だが、危篤の日に病室へ来てこぼした言葉

  • 2026.8.22

祖母の妹を、父が何十年も支えてきた

実家の隣には、叔母が住んでいた。

早くに夫を亡くし、一人で暮らしていた叔母の買い物や庭の手入れなどを、いつのころからか私の父が手伝うようになっていた。

父が顔を出すと、叔母はいつも「悪いねえ、いつも」と言った。父は「ついでだから」と返し、用事を済ませて帰ってくる。そんなやり取りが何十年も続いていた。

叔母には一人娘がいた。学校を出てから遠方で暮らし、地元へ戻ってくるのはたまにだった。

私は子どものころから、その人を「娘さん」と呼んでいた。

帰省すると私にも土産を持ってきてくれる優しい人で、叔母も娘さんの話になると、「うちの子は忙しいから」とよく口にしていた。

会えるうちに、と父は何度も伝えた

叔母が90歳を過ぎるころには、一人暮らしが難しくなり、やがて入院した。

そこから少しずつ弱り、以前のように会話を続けることも難しくなっていった。

父は離れて暮らす娘さんへ何度も電話をかけた。

「会えるうちに、一度来たほうがいい」

しかし、返ってくる声は思ったより落ち着いていた。

「90歳ですから、まだ大丈夫でしょう」

父はそれ以上強く言わず、「そうか。また連絡する」と電話を切った。

私は、なぜすぐに来ないのだろうと思っていた。ただ、電話で様子を聞くだけでは、叔母が日に日に弱っていく姿までは伝わらなかったのかもしれない。

そして危篤の知らせを受けた日、娘さんはようやく地元へ戻ってきた。

父と一緒に面会へ行き、叔母の姿を見た娘さんは、しばらく何も言わなかった。やがて小さな声で、「もっと早く来ればよかった」とこぼした。

父も私も、その言葉に何も返さなかった。長く離れて暮らしていた娘さんには、叔母の変化を実感する機会がなかったのだと思う。

今でも思い出すのは、誰かを責める言葉ではなく、叔母の前で黙って立っていた娘さんの背中だ。

※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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