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日本の文化を再認識し世界へ未来へつなぐ 伊藤学司文化庁長官

  • 2026.8.14

日本文化発信機構 JCCOが目指すもの

伊藤学司文化庁長官
伊藤学司文化庁長官

日本文化発信機構(JCCO)が創設し、今年9月に第1回授賞式を開催する「PREMIUM JAPAN AWARD(プレミアムジャパン・アワード)」。このたび後援を決定した文化庁の伊藤学司長官に、Premium Japan編集長で日本文化発信機構専務理事の島村美緒が、アワードへの期待や、日本文化を世界へ発信していく意義について話を聞いた。

 

海外で盛り上がる日本文化

 

島村 海外では日本文化への関心が高まっています。どのようにご覧になっていますか?

伊藤 コンテンツ分野は、政府が成長戦略で重点的に取り組む17分野の一つとして位置づけられており、力を入れています。今年の5月、カンヌ国際映画祭に行ってきたのですが、主催者から「今年は初めて日本にフォーカスする年です」と言われ、実際に会場は日本映画への注目で大いに盛り上がっていました。それ以前から、アニメや音楽、そしてロンドンでは日本の小説がブームになるなど、日本文化への関心の高まりを私自身も肌で感じています。さらに国内でも、インバウンドの方々が日本文化の素晴らしさを実際に体感されています。

島村 音楽にしても、最近は日本の音楽フェスをアメリカで開いたりしています。

 

伊藤 昨年から「MUSIC AWARDS JAPAN」も始まりました。これは“日本版”ではなく、“アジア版”グラミー賞を目指す取り組みです。前長官の都倉俊一さんが音頭を取り、音楽業界の5団体がまとまって、日本、そしてアジアの音楽を世界へ発信していく形になっています。その土台には、やはり日本の音楽が海外で受け入れられているという現実があります。私たちも英語が分からなくてもロックに熱狂していたように、今は同じことが日本の音楽で起きています。デジタル化によって国境の壁や市場への敷居が低くなり、どこの国で生まれたコンテンツであっても、良いものは世界で評価される時代になりました。世界の文化は、グローバルに融合し始めていると感じます。

 

島村 プレミアムジャパンを始めた時、私には日本人が日本のことを知らないという思いがあったのですが、課題はありますか。

 

伊藤 日本人は謙虚で、自分たちのものが素晴らしいとはあまり感じないし、控えめです。地方には素晴らしいものがあるけれど、それが東京のデパートで売られると、「あれはすごいんだ」と地元で火がつくことがあります。同じように、国内では当たり前だったものが世界で評価され、高い価値があると日本人自身が気づくことも多いと思います。京都もそうです。最初から「すごい文化だ」と思って守ってきたわけではなく、生活の中で大切にしてきたものが、海外の人から見ると「京都はクールだ」と映る。そうした外からの視点が、日本人自身がその価値を再認識するきっかけになるのだと思います。

地域の文化資源を再発見

島村 長官は地方行政にも携わってこられました。地域に眠る文化資源を地域の力に変えるために、何が重要だとお考えですか?

 

伊藤 それぞれの地域には、そこに根ざした素晴らしい文化があります。ただ、地元の方々がその価値を十分に認識できないまま、少子化や過疎化が進む中で、守り続けることをむしろ負担に感じるようになっている面もあると思います。だからこそ今は、これまで守ってきたものの価値を、改めて見つめ直すタイミングなのではないでしょうか。グローバル化が進んだことで、東京だけでなく、日本各地にさまざまな素晴らしいものがあるという認識も広がり、自分たちの文化が世界から評価されることに気づき始めています。ただ、その価値に自然に気づけるとは限りません。自分たちが持っているものを改めて認識し、それを一つのストーリーとしてつないでいくことが大切です。ストーリーがしっかりしていれば、観光客をはじめ、地域の外から来る人にも、その魅力が伝わりやすくなると思います。

伊藤学司文化庁長官
伊藤学司文化庁長官

島村 私は長く海外ブランドにいたので感じるのですが、海外では、まずは言葉にして伝えてみる大胆さがあるように思います。日本人は真面目な一方で、ストーリーテリングの部分では控えめで、そこがもったいないと感じます。

 

伊藤 ストーリーは、言葉にして伝えなければ伝わりませんし、そこにこそ価値があります。「日本遺産」は、これまで建物や史跡などを点として文化財指定し、守ってきたものを、地域全体という面で捉えようという考え方です。前の時代にはこれがあり、その次の時代にはこれが生まれ、そして今につながっている。そうした地域の歴史や文化を一つのストーリーとして伝えることで、その価値を再発見し、守っていこうというのが「日本遺産」のコンセプトの一つです。同時に、それを多言語化して発信することも重要です。国際観光旅客税も活用しながら、観光庁とも連携し、海外の方にも分かりやすく日本の魅力を伝えられるよう取り組んでいます。

人と材料を育てる取り組みを

島村 人口減少が進み担い手が減っています。文化庁としてどのように対応をされていますか?

 

伊藤 文化財行政では「匠プロジェクト」を進めています。少し前までは、文化財の保存・修理に国の予算が十分ではないことが大きな課題でした。ところが最近は、伝統技術を受け継ぐ人材が不足し、修理・保存に必要な材料も確保しにくくなっています。ですから、人、材料、お金の三位一体で施策を考えていかなければならないのです。材料については、「文化財の森」という考え方があります。文化財の修理に長年使われてきた木材や草木を育てるため、森そのものを「ふるさと文化財の森」に設定して守っています。人材育成については、それぞれの業界でも取り組んでいただいていますが、私たちもトータルで守っていかなければなりません。現在は、国立の文化財修理センターを京都につくろうとプロジェクトを進めています。修理や保存が安定した営みとして続いていけば、若い人たちも仕事として取り組んでいけると考えています。

島村 伝統芸能は、まさしく「人」ですね。

 

伊藤 国立劇場は今閉まっていますが、伝統芸能の拠点であり、そこで様々な演目が演じられることによって、人材育成や演目を守ることに資することですので、劇場は私の大きな使命です。また、地方の郷土芸能の分野では、過疎化や少子化によって担い手がいなくなってきています。地域そのものが消滅しかねない中で、「この神楽だけ」「この剣舞だけ」を残そうと言っても限界があります。場合によっては、地域を活性化するための資源として郷土芸能を活用するくらいの発想も必要です。最近では、以前は村の人しか参加できなかったものを、地域外の人にも参加してもらう取り組みも始まっています。一方で、担い手がいなくなれば継続が難しく、やめるという選択をせざるを得ない場合もあります。最終的には、地域の皆さんがどう考えるかです。我々は補助金などで支援することはできますが、担い手を国が派遣することはできません。

 

島村 難しい問題ですね。

日本の美意識が文化を形作る

島村 日本文化の強みや普遍的な価値とはどのようなものだと思われますか?

 

伊藤 文化庁が公認する「これが日本文化です」というものはありません。ただ、日本文化の価値とは何かを考えるとき、国際会館の館長を務められた中村順一さんの『日本の感性と東洋の叡知』を読むと、日本人の感性や美的感覚が、文化を形づくる大切な要素になっていることを改めて感じます。移ろい、儚さ、気配り、余情、余韻、間。こうした感覚は、日本文化の精神的な土台にあるものです。それが京都にも深く根づいているからこそ、海外の方々も素晴らしいと感じるのでしょう。シンプルでありながら、余情や余白がある。そこに美しさを見いだす日本の感性が、世界から評価されるようになっています。

 

2026年のカンヌ国際映画祭では、濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』に主演した岡本多緒さんとビルジニー・エフィラさんが、最優秀女優賞を受賞しました。この作品にも、ハリウッド映画とはまったく異なる感性の細やかさがあり、そうした部分がフランスで評価されたのではないかと感じます。海外から来られる方も、お茶や生け花、和食などを通して、そうした日本の感性に触れることが多いのだと思います。

 

一方で、それを世界に向けて説明するためには、感性によってつくられてきたものを、言葉にして伝えられるようにする必要があります。たとえば科学的な視点から分析することも、日本文化の価値を言語化するうえで大切だと思います。

伊藤学司文化庁長官
伊藤学司文化庁長官

島村 頭で理解すること、それをコミュニケートしていく能力が大事ですね。

 

伊藤 京都には古くからの源流があり、それを受け継ぎながら、時代ごとに「守破離」の精神で新しいものを生み出してきた。その積み重ねが京都の文化です。そこには連続性があり、日本文化の奥深さを私たち自身も学ばせてもらっています。

 

島村 正しく伝えることと、魅力的に伝えることを両立させるのは難しいでしょうか。

 

伊藤 正しくないことを魅力的に繕うのではなく、正しいことを正しいこととして発信しなければなりません。魅力的に伝えるというのは、ストーリーを紡ぐことです。事実そのものは変えられません。しかし、その事実をどう伝えれば魅力が伝わるのか。それが大切なのだと思います。

移転から3年、生活文化に焦点を

 

島村 文化庁の京都移転から3年が経ちましたが、京都に移られて変わったとか、よかったとか思われることはありますか?

 

伊藤 我々が京都に来たからこそ取り組むべきこととして、大きく二つの柱があります。一つは、食をはじめとする生活文化です。京都は、日本の生活文化が根付いている土地です。東京でもお茶や華道はありますが、教室で学ぶものという印象が強い。一方、京都では家でお茶を出したり、お花をいけたりと、暮らしの中に文化が息づいています。和食も同じです。そうしたものを肌で感じ、理解できる環境の中で、生活文化の価値をどのように評価し、未来へつないでいくかを考えてきました。

これまで重要無形文化財の各個認定保持者(いわゆる人間国宝)は、生活文化の分野を対象としていませんでしたが、昨年度に制度を改正し、新たに対象に加えることを決めました。また、食に特化した「食の至宝」顕彰という新しい制度も設けることにしました。フランス料理にしても中華料理にしても、日本では独自の繊細さが加わり、新たな魅力を持つ料理として高く評価されています。そうした食に着目し、トップオブトップの技術者を顕彰していこうというものです。生活文化に焦点を当てるようになったことは、この3年間の大きな成果の一つです。

 

もう一つの柱は、文化観光です。京都に来て改めて感じたのは、日本の成長産業である観光の中核を担っているのは、日本文化だということです。観光庁と連携しながら、日本各地の文化に光を当て、文化観光を通じてインバウンドを増やしていけるよう、この3年間、政策を進めてきました。

 

ただ、文化は千年、何百年と受け継がれてきたからこそ価値があります。だからこそ、これまで受け継がれてきたものを大切にしながら、未来へつないでいかなければなりません。文化庁が京都へ移転し、さまざまな取り組みを始めたことが、千年後に「あの時に蒔かれた種が花開いた」と振り返ってもらえるような、そんな仕事をしていきたいと思っています。

きっかけとエールを生むアワードに

島村 最後に、9月29日に「PREMIUM JAPAN AWARD」の授賞式を催します。海外の方を中心にお招きし、日本文化を海外に発信する活動を行ってまいります。民間の取り組みに期待されることはありますか?

 

伊藤 光を当てていただけるのは、とてもありがたいことです。アワードは、多くの人が納得できる結果でなければならないと思いますが、知らなかったものに触れ、「なるほど」と思えるものが選ばれることも大切です。「MUSIC AWARDS JAPAN」も、アワードを一つのきっかけとして、「こんな日本の音楽があるんだ」ということを、配信を通じて世界に発信し、より多くの人に聴いてもらうことにつながります。また、アワードには、受賞した人を元気づける力もあります。先ほど申し上げた、食に特化した「食の至宝」顕彰という制度もそうですが、文化庁がその価値を文化として認め、表彰することは、受賞者だけでなく、これからこの業界で頑張ろうとする若い人たちへのエールにもなると聞いています。そういう意味では、勲章とはまた違う形で、人々に元気を与えられるようなものになればと思います。

 

島村 貴重なお話をありがとうございました。

伊藤学司文化庁長官
伊藤学司文化庁長官

伊藤学司 Gakuji Ito

東京都出身。1991年、早稲田大学法学部卒業後、同年4月、文部省(現文部科学省)入省。文化庁記念物課課長補佐、社会教育課長、財務課長など省内各局での勤務のほか、岩手県文化課長、広島県教育次長、長野県教育長などを歴任。文部科学省高等教育局長、文化庁次長を経て、2026年4月、第24代文化庁長官に就任。

Text By Akiko Ohkita

Photos by Azusa Todoroki (BOW PLUS KYOTO)

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