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NANZUKAが渋谷に新ギャラリーを9月12日オープン。こけら落としは田名網敬一の個展「DO NOT BOMB」

  • 2026.8.15
田名網敬一《身体感覚》(2024) 顔料インク、アクリルシルクスクリーンメディウム、砕いたガラス、グリッター、アクリル絵の具、カンヴァス 200×200×4㎝。田名網が生涯にわたり描いてきた多様なイメージが、200cm四方の画面に折り重なる最晩年の作品。 ©Keiichi Tanaami, Courtesy of NANZUKA

東京・渋谷に、NANZUKAの新たなギャラリーが誕生する。そのこけら落としを飾るのは、2024年に88歳で亡くなった田名網敬一の個展「DO NOT BOMB」だ。9月12日から10月17日まで、渋谷アクシュ3階の新スペースで開催され、1960年代の初期作品から、亡くなる直前まで手がけていた未発表作までが一堂に並ぶ。展覧会を貫くのは、田名網が60年以上にわたる創作のなかで繰り返し立ち返ってきた「戦争の記憶」である。

NANZUKAは2005年、渋谷に「NANZUKA UNDERGROUND」として誕生した現代美術ギャラリーだ。デザインやイラストレーション、漫画、ストリート、ファッション、音楽といった、従来の美術の枠組みでは周縁に置かれてきた表現を積極的に取り上げてきた。なかでも田名網をはじめ、空山基、山口はるみ、佐伯俊男ら戦後日本の独自の表現者を再評価し、国際的な現代美術の文脈へと接続してきたことで知られる。田名網は、そんなNANZUKAの歩みを象徴する作家のひとりでもある。

田名網敬一 ©Keiichi Tanaami, Courtesy of NANZUKA

田名網敬一とはどんな作家だったのか。1936年に東京に生まれ、1960年代からグラフィックデザインを出発点に、絵画、コラージュ、シルクスクリーン、アニメーション、実験映像、彫刻、インスタレーションまで、ジャンルを軽々と横断してきた。アメリカンコミックや広告、映画、漫画、特撮など、大量消費社会が生み出したイメージを貪欲に取り込み、鮮烈な色彩と過剰なほどのモチーフで埋め尽くされた作品は、一目で田名網とわかる強烈な個性をもつ。

しかし、そのサイケデリックでユーモラスな世界の根底にあったのが、幼少期に体験した第二次世界大戦だった。防空壕から見た照明弾の光、それを反射する水槽の金魚、遅れて聞こえてくる爆撃音、焼け野原となった東京。田名網自身、当時の記憶について、夢と現実が混ざり合い曖昧に記録されていると語っている。

だからこそ彼は、戦争を写実的に描き直そうとはしなかった。記憶とは固定された記録ではなく、時間とともに書き換えられ、別のイメージと結びつきながら変化していくもの。幼少期の恐怖は、のちに出合ったアメリカのポップカルチャーや漫画、映画の記憶と混ざり合い、金魚や骸骨、爆撃機、怪物、女性像、植物などが共存する奇妙で華やかな世界へと姿を変えた。田名網にとって制作とは、過去を再現することではなく、変容し続ける記憶に新しい生命を与えることだった。

田名網敬一《DO NOT BOMB》(2024) 顔料インク、アクリルシルクスクリーンメディウム、砕いたガラス、グリッター、アクリル絵の具、カンヴァス 141×100㎝。1960年代後半の反戦作品「NO MORE WAR」シリーズの精神を引き継ぎ、ポップな文字で「DO NOT BOMB」と訴える。戦争の記憶を鮮烈な色彩とユーモアへと変換した、田名網最晩年の作品。 ©Keiichi Tanaami, Courtesy of NANZUKA

展覧会のタイトルにもなった《DO NOT BOMB》は、その創作の核心を晩年にもう一度見つめた作品だ。2024年、国立新美術館で初の大規模回顧展「記憶の冒険」の準備を進めるなかで制作された。1960年代後半、ベトナム反戦をテーマに発表した「NO MORE WAR」シリーズの精神を半世紀以上の時を越えて引き継ぎながら、画面には田名網自身の戦争体験を象徴する金魚が爆弾へと変貌して現れる。「DO NOT BOMB」という直接的な言葉とは裏腹に、金魚はどこか愛嬌があり、爆発で飛び散る破片さえ薔薇の花びらへと変えられている。

田名網敬一《Goldfish》(1973) イラストレーションボードにアクリル絵の具 36.4×51.5㎝。金魚は、幼少期の空襲のさなか照明弾の光を反射する水槽の金魚を目にした記憶に由来し、その後も田名網の作品に繰り返し登場する重要なモチーフとなった。 ©Keiichi Tanaami, Courtesy of NANZUKA
田名網敬一《<strong></strong>Frederik Ruysh - 臓器の劇場》(1987) カンヴァスにアクリル絵の具 145.5×145.5×3.5㎝。17世紀の解剖学者フレデリック・ライシュの解剖標本に着想を得て、死と生命が交錯する幻想的な世界を描いた。 ©Keiichi Tanaami, Courtesy of NANZUKA
田名網敬一《ピカソ母子像の悦楽 No.713》(2023) カンヴァスにアクリル絵の具 162×130.3×4㎝。晩年の田名網が没頭して描いた「ピカソの悦楽」シリーズの一作。ピカソの作品を自由に解釈し、独自の色彩と造形で再構築した。 ©Keiichi Tanaami, Courtesy of NANZUKA

恐怖を恐怖のまま提示するのではなく、色彩やユーモア、幻想へと変換する。それは田名網が生涯を通して続けた方法だった。本展では《DO NOT BOMB》と未発表の新作ペインティングに加え、1960〜70年代のシルクスクリーンやコラージュ、アニメーション、1987年の《臓器の劇場》、木彫による箱庭作品、コロナ禍以降に制作した「ピカソの悦楽」シリーズ、近年の立体・映像まで、その変遷をたどる。

個人の記憶から始まりながら、田名網の作品には戦後日本が浴びてきた無数のイメージも折り重なっている。戦争と敗戦、その後に押し寄せたアメリカ文化、高度経済成長と大量消費社会。そこに夢や欲望、恐怖が入り混じり、ひとつの巨大な「記憶」のような世界をつくり上げた。

田名網が世を去って2年。世界の各地でいまなお戦争が続くなか、新しいギャラリーの幕開けに掲げられる「DO NOT BOMB」という言葉は、半世紀以上前の反戦作品と現在をつなぐ。それは田名網が最後まで描き続けた、極彩色のイメージの奥にあるものを、あらためて見つめ直す言葉でもある。

9/12〜10/17、NANZUKA(東京都渋谷区渋谷2丁目17−1 渋谷アクシュ 302)

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