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すべてを失っても立ち上がった伝説の歌姫シャナイア・トゥエインの壮絶な半生

  • 2026.8.10
Paul Natkin / Getty Images

グラミー賞を5度受賞し、アルバム売上枚数は女性ソロアーティストとして史上最高を誇る伝説の歌姫、シャナイア・トゥエイン。幼少期の極貧生活と義父からの恐ろしい暴力・性加害、20代での両親の突然死と夢の断念。そして世界的大スターへと登り詰めた矢先に襲いかかった、最愛の夫と大親友による裏切り――。幾度となく人生のどん底へと突き落とされながらも、絶望の淵から立ち上がり、再び光を掴んだ彼女の壮絶な半生に迫ります。

Barry King / Getty Images

生まれながらに極貧、母の再婚が悪夢の始まり

1965年にカナダで生まれたシャナイア・トゥエイン。生後まもなくから満足なミルクやオムツすら買い与えてもらえない極貧生活が続き、わずか2歳の時に実父は家族を捨てて蒸発。その後、母親の再婚相手である義父ジェリーの存在が、幼い彼女をさらなる地獄へと突き落としていきます。

家庭内は日常的なDVに支配され、母親がトイレの便器に頭を突っ込まれて溺れさせられそうになる光景を目撃。さらにシャナイア自身も幼少期から義父による暴力と性的虐待のターゲットとなっていたのです。女性らしく成長していく自分の身体を恐れ、義父の好色な視線から逃れるために胸を固く締め付けるブラジャーをつけて、男性用の服で体を隠し続けるという、あまりにも不憫な少女時代を過ごしました。

NBC / Getty Images

深夜1時、血生臭い酒場で児童労働を強要され

シャナイアの世界を魅了する歌声の原点は、そんな機能不全家族を飢えから救うための児童労働でした。

8歳の頃から、彼女は泥酔した両親によって夜中の1時に叩き起こされ、酒とタバコの煙が充満するナイトクラブやバーへ連れて行かれました。午前3時頃まで泥酔客の前で歌い、その出演料で翌日の食費を賄うという日々を送っていたのです。

客同士が激しいケンカを繰り広げ、血が飛び散るような暴力的な現場を目の当たりにしても、恐怖に体を震わせて歌い続けるしかありませんでした。子供としての尊厳を奪われ、家族の生存のために夜街で歌わされた経験は、彼女の心に消えることのない深いトラウマとして刻まれることになります。

Donaldson Collection / Getty Images

極貧でお弁当もない惨めな青春時代

学校に通う年齢になっても、シャナイアを待ち受けていたのは貧困と孤独でした。家計は常に火の車で、お弁当を用意してもらうことなど不可能。マスタードやマヨネーズだけを塗ったパンをかじる日々が続き、それすら用意できない日は、周囲の友人に貧乏を悟られないようお弁当を忘れたフリをして用務員室の陰に身を潜めていたといいます。

電気や水道が止められることも日常茶飯事で、服を洗うことも満足にお風呂に入ることもできず、不潔な身なりのまま登校せざるを得ませんでした。同年代の少女たちがファッションや恋の話に花を咲かせる中で、彼女はいかに今日の空腹をしのぎ、生きて帰るかだけを考え続けるという、失われた青春時代を送っていたのです。

Ebet Roberts / Getty Images

夢は断念、幼き家族のために過酷なドサ回り

ようやく本格的に歌手としての夢を追い始めようとしていた22歳の時、さらなる悲劇が彼女を襲います。義父と母親が乗った車が大型トラックと衝突し、両親が同時に即死したのです。彼女の肩には、まだ10代半ばだった幼い妹や弟たち、そして乳幼児の養育という重すぎる現実がのしかかりました。

シャナイアは自身のポップスターになる夢を一度断念せざるを得なくなり、家族を支える大黒柱として、田舎のリゾート施設で観光客向けのドサ回り歌手として就職することに。ド派手な衣装を身に纏い、他人のカバー曲を1日何ステージも歌い続ける泥臭い日々を送りました。すべては幼い家族を飢えさせず育てるための決断でした。

Aflo

運命のプロデューサーとの出会い

弟たちが独立した後、彼女は1stアルバムを出すものの不発に終わり、不遇の時代が続きます。そんな売れない歌手だった彼女の運命を劇的に変えたのが、伝説的プロデューサーのマット・ラングでした。

彼女の才能を見初めたマットと1993年に結婚。二人は公私ともに最強のパートナーとして楽曲制作に没頭します。1997年の『Come On Over』は女性ソロシンガー史上最高の売上を記録し、グラミー賞を何度も受賞。幼少期の地獄から這い上がり、世界が誇る歌姫へと登り詰めました。

しかし輝かしい成功の裏にまたも不幸が忍び寄ります。2003年頃、マダニ感染症であるライム病を発症。神経系が侵されたことにより声帯が麻痺し、歌唱中に声が出なくなるパニックに見舞われます。以降歌声を失う恐怖と戦うこととなるのです。

Dan MacMedan / Getty Images

最も信頼していた親友と夫による悲痛な裏切り

声帯の病に苦しむ彼女を、人生最大の絶望が襲ったのは2008年のことでした。15年間連れ添い、スターへの道を二人三脚で歩んできた最愛の夫マットから、突然「もう愛していない」と離婚を切り出されたのです。その裏には、シャナイアが最も心を許していた大親友フレディと夫による不倫劇が隠されていました。

「大切な歌声を失うかもしれない」という恐怖の中、最愛の夫と親友に同時に裏切られるという残酷すぎる現実。人生のすべてを奪われた彼女は、深い絶望と人間不信の底へと叩き落とされ、ただ涙を流すことしかできなかったのです。

Andreas Rentz / Getty Images

前代未聞のサレ夫&サレ妻の再婚劇

しかし、ここから誰もが予想しなかった驚愕の展開を迎えます。失意のどん底にいた彼女にそっと寄り添ったのは、なんと不倫相手(元親友)の元夫であるフレデリックでした。

パートナーの裏切りによって深く傷ついたサレ夫とサレ妻。同じ苦しみを分かち合うなかで急速に惹かれ合っていったのです。そして2011年、二人は晴れて再婚。前代未聞の「パートナー交換」のような再婚劇は、世間に大きな衝撃を与えました。

シャナイアはのちにインタビューで、「元親友のことは一生許さない。でも、彼女が前夫を連れ去ってくれたおかげで、今の最高の夫に出会えた」と語っています。数々の凄惨な裏切りと絶望を乗り越え、自らの手で真の幸せを掴み取った彼女の強さに、胸を打たれずにはいられません。


※この記事は2026年8月10日時点のものです。

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