1. トップ
  2. エピソード
  3. 「あら、若い人には通じないわね」金融の窓口で出会った上品なお客様。温かな言葉に心温まったワケ

「あら、若い人には通じないわね」金融の窓口で出会った上品なお客様。温かな言葉に心温まったワケ

  • 2026.8.10
「あら、若い人には通じないわね」金融の窓口で出会った上品なお客様。温かな言葉に心温まったワケ

窓口の常連だったおばあさま

まだ独身だった頃、私は金融機関の窓口で働いていた。

当時は手続きの書類や通帳を窓口にそのまま預け、後日また取りに来るお客様も少なくなかった。

その中に、とても上品なおばあさまがいた。

背筋がすっと伸びていて、いつも柔らかな色のスカーフを首もとに巻いている。

順番を待つ間も、周りに気を配るような穏やかな笑みを絶やさない方だった。

「お姉さん、これね、私が縫ったのよ」

ある日そう言って見せてくれたのは、淡い花柄の布で仕立てた手作りの通帳ケースだった。

角までていねいに縫い込まれ、内側には小さなポケットまで付いている。

使い込まれてやわらかくなった布地に、大切にされてきた年月がそのまま表れているようだった。

「まあ、素敵ですね」

私が思わず声をあげると、おばあさまは少し照れたように笑った。

手先が器用で、話し好き。窓口に来るたび、趣味の絵手紙を鞄から出して見せてくれることもあった。

にじんだ墨で描かれた季節の花に、短い一言が添えられている。

あじさい、朝顔、柿。季節が移ろうたびに絵柄も変わり、私はそれをひそかに楽しみにしていた。

事務的になりがちな窓口の時間が、その方の前だけは、ふっとやわらかくほどけていった。

「かよい」という言葉

その方はときどき、手続きを預けたまま帰り、後日また取りに来られた。

ある午後、いつものように窓口へ来たおばあさまが、少し首をかしげてこう言った。

「うちのかよい、お邪魔してませんか」

私は一瞬、何のことか分からなかった。

かよい。どなたかのお名前だろうか。

それとも、預かっている書類の呼び名だろうか。

困った顔をしていたのだろう、おばあさまはくすりと笑って教えてくれた。

「通帳のこと、かよいと呼ぶの」

昔は通帳のことをそう呼んでいたのだという。お店に品物を通わせる、その帳面。

長い年月をかけて暮らしにしみ込んだ手ざわりが、その一言にすべて詰まっているように感じた。

「かよい、ですか。素敵な呼び方ですね」

「あら、若い人には通じないわね」

そう言って、おばあさまはまた品よく笑った。

今も忘れられない

数字と印鑑に追われる毎日の中で、その言葉はやけに温かく胸に残った。

通帳を「かよい」と呼ぶ方に出会ったのは、後にも先にもその方だけだ。

手作りのケースにそっと包まれた一冊は、きっとその方の暮らしに長く寄り添ってきたのだろう。

窓口という小さな場所で、世代を超えて受け取った、ささやかで確かな贈りもの。あの日の柔らかな笑顔を、私は今も忘れられずにいる。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、50代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ