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「納涼歌舞伎」で坂東玉三郎が舞う|パリでも賞賛された『雪』、歌舞伎座初となる『残月』

  • 2026.8.2
Ⓒ松竹

歌舞伎座の夏の風物詩「八月納涼歌舞伎」の季節がやってきました。昨年の公演では、幻想的な美しさのなかに人間の根源に触れる深淵なテーマを盛り込み、舞台芸術に昇華させた新作『火の鳥』で深い感動へと導いてくれた坂東玉三郎さん。今年は19時開演の第三部で地唄による舞踊『雪』と『残月』を披露します。歌舞伎座の広い空間に登場するのは玉三郎さんたったひとり。どのような舞台になるのでしょうか。

たゆまぬ修練を経て深めてきた『雪』

撮影=岡本隆史

玉三郎さんにとって『雪』は四半世紀にわたって追求、深化させてきた舞踊で、2013年2月にはパリのシャトレ劇場でも上演されました。

「地唄三題として『雪』、『葵の上』、『鐘ヶ岬』を踊らせていただいたのですが、天井が高く2,500席もある大きな空間に所作台を敷き、動くのはわずか半畳ほど。どうなるかと思われた方もいらしたことでしょう。結果は満席で、シーンと静まり返ったなかでお客様がぴちっと集中してご覧くださったのです」

パリ・シャトレー劇場の内部。2013年の2月、玉三郎さんはここで舞踊公演を行いました。 Kay-Paris Fernandes / Getty Images

芸術の都・パリで見巧者揃いの観客を前にしての舞台。どのような心持ちだったのでしょうか。

「演奏家も私もお客様同様に集中し、その場に対峙することで応えるしかありませんでした。演じ手としては止まっていてもエネルギーが劇場全体にいきわたるようにという思いでした」

言葉にするのは簡単ですが、長きにわたるたゆまぬ修練なくして実現し得ることではありません。

『雪』で描かれているのは俗世を離れた女性の寂寞とした思い。その歌詞は「花も雪も払えば清き袂かな」に始まり「捨てた憂き、捨てた浮世の山かづら」で終焉します。

「微妙に浮世を捨てきれていないところがあるのでしょうね。雪に象徴される言葉としては純白が浮かびます。あまり理屈で考えずに、曲の素晴らしさを味わいながら白い屏風、白い衣裳からお客様それぞれが感じることを受け止めていただければと思います」

地唄の清涼感ある名曲を踊りに仕立てた『残月』

©松竹

『残月』が玉三郎さんによって初演されたのは2025年1月、大阪松竹座でのことでした。『雪』と同じ峰崎勾当(みねざきこうとう)の作曲により同時代に生まれた作品で、非常に凝った器楽演奏のパートを含む手事物(てごともの)の名曲として知られています。

舞踊化に当たっては2019年の「八月納涼歌舞伎」で上演した玉三郎さん主演・演出の『新版 雪之丞変化』がきっかけとなったそうです。

「雪之丞が退場するときの音楽を考えた結果『残月』を選びました。そして磯辺の情景に月の世界が広がる、どこか清涼感のあるこの名曲を踊りにすることができないだろうかと思うようになったのです」

夭逝した峰崎勾当門下の息女を偲んでつくられた曲なのですが、唄と唄の間で奏でられる部分は非常に華やか。追善曲であることを踏まえつつそこをどう踊るべきかが悩みどころだったようです。

「地唄の専門家から『昔の華やかだったころを思い出して弾く』という口伝をうかがい、そこから糸口をつかむことができました」

涼やかな空間で、五感を研ぎ澄まして触れる舞踊

歌舞伎座では初めての上演となる『残月』は、『雪』同様に五感を研ぎ澄まし季節感や風情とともにゆったり味わいたい舞踊です。玉三郎さんはどちらの作品も各地で開催している「お話と素踊り」と題した公演でも披露しています。歌舞伎座との大きな違いは細部にまでこだわった美しい衣裳を纏っての登場となることです。

©松竹

「素踊りの公演は皆さんに気軽にお楽しみいただきたいとの思いでさせていただいていますが、本来は化粧をして衣裳、鬘をつけて舞台に立つのが女方です。今回はどちらも白の衣裳となりますが、『雪』は縮緬(ちりめん)、『残月』は綸子(りんす)です。シンプルであるがゆえに、それぞれの違いなども際立つのではないでしょうか」

歌舞伎特有の絢爛豪華な舞台装置とは真逆、物理的にも質素で目に入る色彩はわずか。モノトーンをベースとした舞台空間には清らかな潔さすら漂います。『雪』の帯にあしらわれた牡丹の図柄からは元芸妓という人物の背景がほの見えます。

「実はこのほかに銀地に金の牡丹の帯もありまして、正直なところどちらにしようか迷っています。こうしたことは実際に着て舞台に立ち、照明のなかで動いてみないことには決められないのです」

さて、どちらになるのか。あるいはどちらにおいても成立する、もしくはそれぞれならではのバランスを見出すのか、その答えは劇場で実体験してみないことにはわかりません。

「結果はどうあれ、いらしてくださったお客様がいい時間を過ごせたと思っていただけるような舞台をお見せすることができましたら幸せに思います」

スマートフォンを開けば必要の有無に関係なく多岐にわたる情報が過剰なほどに溢れている現代。日常の喧騒を離れ涼やかな空間でいい音楽に耳を傾けながらじんわりと心に染み入る舞台に触れ、静かにもの思うひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。

【コラム】坂東玉三郎さんが語る、酷暑を乗り切る秘訣とは?

全世界的に年々、厳しさが増している夏。玉三郎さんはどのような対策をなさっているのでしょうか。

「なるべく有機栽培の食材をいただくようにしています。朝の習慣として欠かせないのが小松菜のジュース。ですが……。これが美味しくないんです(笑)。リンゴ酢をちょっと入れるなどして苦さを和らげています」

©松竹

舞台は身体が資本ですから健康を保つことはプロとして必要不可欠。メンタルにおけるやすらぎや癒やしについてもうかがってみました。

「エアコンの効いた室内で昔のいい音楽や映画に触れることでしょうか」

一例として挙げてくださったのは、今年が生誕120年、没後50年となるルキノ・ヴィスコンティ監督の『若者のすべて』(1960年イタリア・フランス合作)でした。イタリアの田舎から長男を頼ってミラノにやって来た家族が都会の暮らしに翻弄される姿を描いた作品で、原題を直訳すると『ロッコと彼の兄弟たち』。

「(ロッコを演じている)アラン・ドロンの、あの頃の佇まいには何ともいえないものがあります。彼に限らず役者が素晴らしい。それも人間性が映っているからなのだと思います」

アラン・ドロンの初期の代表作『太陽がいっぱい』と同じニーノ・ロータが手がける音楽もまた秀逸で、モノクロの映像から滲み出る情感豊かな世界にさらなる広がりを加えています。

酷暑に負けずすこやかさを保つ秘訣は、どうやら心身ともに質の高いものを取り入れることのようです。

【歌舞伎座】八月納涼歌舞伎

2026年8月2日(日)~26日(水)
(第一部 11時~、第二部 15時10分~、第三部 19時~)

【第一部】『怪談 牡丹燈籠』
【第二部】『らくだ』『鬼神のお松』
【第三部】『舞鶴雪月花』『雪』『残月』

出演/坂東玉三郎、中村扇雀、坂東彌十郎、松本幸四郎、
中村勘九郎、中村七之助、坂東巳之助、尾上右近 ほか

料金/4,500円~17,000円
問い合わせ/
チケットホン松竹 tel.0570-000-489(10時〜17時)
公演詳細はこちら

取材・文=清水まり 写真提供=松竹 編集=本田リサ、前原みず佳(ともに婦人画報編集部)

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