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「うちの金魚を食べたろ」猫がいたずらをしたと主張する近隣住民。だが、母の主張に折れた瞬間

  • 2026.8.4

向かいの部屋から来た人

まだ母と集合住宅で暮らしていたころ、もう二十年以上前の話です。

うちの玄関の前には、いつからか野良猫が居つくようになっていました。

特に餌をあげたわけでもないですが、よくうちの前に現れます。

夏の夕方でした。廊下にはよその家の煮物の匂いが流れています。玄関の戸を強く叩く音がして、開けると向かいの部屋の女性が立っていました。

五十歳くらいの人で、顔が赤く、息が上がっています。

「うちの金魚を食べたろ」

言われている意味が、すぐには飲み込めませんでした。

留守にしている間に猫が入り込んで、水槽の魚を食べた。そういう話でした。

「中が空っぽなんだよ。うちの前を通るのは、あの猫くらいだろう」

声が廊下に響いていきます。私は口を挟まず、黙って聞いていました。

鉄の扉と、鍵の話

その建物は、どの部屋の玄関も分厚い鉄の扉です。大人でも肩で押さないと開かないほど重く、猫の力でどうにかなるものではありません。

私は三和土に立ったまま、どう返したものかと考えていました。

「留守にするとき、鍵はどうされてますか」

台所から出てきた母が、静かに聞きました。声を張ってはいません。

「当たり前だろう。締め切って出てるよ」

「猫の手では、鍵のかかった鉄の扉は動きませんよ」

それだけでした。女性の口が半分開いたまま止まります。

「……いや、でも、窓は」

言いかけて、その人は自分で黙りました。

窓も閉めて出た、と先に言ってしまった後だったんです。廊下の奥から、別の部屋の住人がそっと顔を出していました。

「……もういい」

女性はそちらを一度見て、私たちに背を向けました。向かいの鉄の扉が閉まって、鍵をかける音がはっきり聞こえます。

扉が閉まったあと

母は戸を閉めて、しばらく黙っていました。それから、どちらからともなく吹き出したんです。

「ずっと心臓が鳴ってたわ」

「金魚、どこに行ったんだろうね」

笑いながらも、母は皿を持って外に出ていきました。猫はいつもの場所に座っています。

「あんた、しばらくここから動かないでよ。また疑われるから」

猫は返事もせず、母の足元で寝そべっていました。あれから何度も廊下ですれ違いましたが、あの人が金魚の話をすることは二度とありませんでした。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、60代以上・男性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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