1. トップ
  2. エンタメ
  3. 27年前にもいた「女子高生シンガー」 キスを数えて日本中を泣かせた17歳の失恋歌

27年前にもいた「女子高生シンガー」 キスを数えて日本中を泣かせた17歳の失恋歌

  • 2026.8.31
undefined
1999年9月、KissmarkのスノーボードウェアCMに出演した小柳ゆき(C)SANKEI

歌声は、ときに持ち主の年齢を置き去りにして、先に大人になる。積んだ経験の量と、喉から出てくる音の深さは、必ずしも比例しない。デビューの瞬間にその不思議を日本中へ突きつけたのが、当時17歳、現役高校生だった小柳ゆきである。制服が似合う年頃の少女が、失った恋を数えるバラードを、堂々たるソウルの発声で歌い切ってしまった。

小柳ゆき『あなたのキスを数えましょう 〜You were mine〜』(作詞:高柳恋/作曲:中崎英也)ーー1999年9月15日発売

記念すべきデビュー・シングルは、聴き手が想像する「新人の初々しさ」を、最初のひと声で裏切る一曲だった。

制服の内側で先に大人になっていた声

この曲の衝撃の核は、声そのものにある。まず驚かされるのが低い音域の厚みだ。日本の10代の歌手はたいてい、高くて細い声を武器にする。ところが小柳ゆきは、歌い出しから胸の奥で鳴らした太い声で言葉を置いていく。

低音でどっしりと土台を作り、サビで一気に高い音域へ駆け上がるというソウルミュージックの歌い手たちの声の設計を、17歳がすでに自分のものにしていた。伸ばした声の終わりに音程を細かく揺らして装飾する歌い回しも、飾りではなく感情の高ぶりとして機能している。海外のR&Bシンガーたちが得意としてきた節回しである。

曲名に添えられた「You were mine」という英語のひと言も、この声だから成立する。日本語の失恋の物語が、サビの頂点で英語の叫びに変わる瞬間、歌は説明を捨てて感情だけになる。そこで声が痩せたら台無しだが、小柳の声はむしろ英語のほうがよく鳴る。

この声は一夜漬けでは作れない。小柳は中学1年生のころ、新人歌手オーディションで全国決勝まで進むも、部活動を優先していったん歌の道から離れた経歴を持つ。数年後にあらためて誘いを受け、高校に通いながらレッスンとデモ制作を重ねて、1999年のデビューにたどり着いた。

教室と放課後のスタジオを往復する生活の中で、声だけが先に大人になっていった。その時間差こそが、この曲の生々しさの正体に映る。歌詞の中の失恋を実感として知る年齢ではなかったはずなのに、声の説得力が物語を本物にしてしまう。技術が感情を追い越すのではなく、技術そのものが感情の器になっている。ここが、うまいだけの新人と決定的に違う点だ。

頂点のひと声へ助走から積み上げていく

作り手たちも、新人の1曲目だからと手加減をしていない。作曲と編曲を手がけた中崎英也は、鈴木雅之『もう涙はいらない』やアン・ルイス『WOMAN』など艶っぽい大人な曲で知られる作曲家だ。その中崎がこの曲で組んだのは、サビの頂点から逆算した設計である。

歌い出しは低い音域を静かに這い、少しずつ階段を上がるように音を積み、サビの入り口で一気に跳躍する。声域の広さという小柳最大の武器がいちばん劇的に見える場所へ向けて、旋律の助走が正確に敷かれている。

伴奏も同じ発想で作られていて、序盤は薄く静かに保たれ、サビに近づくにつれて厚みを増していく。声が跳ぶ瞬間に伴奏も一緒にふくらむから、聴き手が体感する落差は倍になる。派手な仕掛けで驚かせるのではなく、声がいちばん美しく響く角度を計算し尽くした職人の仕事である。

新人のデビュー曲は、まず本人の名刺代わりに作られることが多い。この曲は名刺ではなく、いきなり代表作を狙って書かれたバラードに映る。

作詞の高柳恋はアイドルから本格派まで幅の広いジャンルで作詞を手掛ける人物で、ここでは失恋の歌詞に印象的な仕掛けを施した。終わった恋を嘆くのではなく、交わしたキスをひとつずつ数えるという行為に置き換えたのである。悲しみを抽象的な言葉で叫ばせず、数えるという具体的な動作に託したからこそ、17歳の声が歌っても嘘にならない。タイトルがそのまま、この曲の発明になっている。

一気に駆け上がらないヒットの体温

売れ方も、この曲は独特だった。発売と同時に頂点へ駆け上がる打ち上げ花火型ではない。週間ランキングの最高位は7位。ところが、ランキングへの登場は48回、およそ1年にわたって残り続け、累計売上は70万枚を超えた。瞬間の順位ではなく、とどまり続けた時間の長さでスケールを証明した、1999年らしいロングヒットである。

この年の前後は、R&Bという言葉がJ-POPの真ん中へ入ってきた時期でもあった。洋楽の歌い方を日本語の歌謡曲の情の深さに接続できる歌い手が求められていて、17歳の小柳ゆきはその答えのひとつとして、遅れて、しかし確実に見つかっていった。

追い風になったのが、タイアップの重層だった。アニメ『アレクサンダー戦記』の主題歌にもなったのだが、印象的なのはkissmarkのCMソングだろう。CMで、断片的に届いた声の主を、あとから探しに行きたくなる。名前より先に声が覚えられていく広がり方が、1年ごしのロングヒットの正体だったように映る。

デビュー曲が代表曲になるまで

発売から1年あまりが過ぎた2000年の暮れ、小柳ゆきはNHK紅白歌合戦の舞台に初出場を果たす。同じ年の年間ランキングでも30位に入った。発売年ではなく翌年の年間チャートに顔を出すという事実そのものが、この曲の足の長さを物語っている。

大晦日の照明の下で、デビューから1年あまりの歌い手が、低く構えたひと声から高みへ跳ぶ。あの跳躍をテレビの前で初めて見た人も、ずっと前から知っていた気になっていたはずだ。1年かけて街に染み込んだ声だったからである。

年齢を追い越して先に大人になった声は、結局その後もこの曲へ帰ってくる。デビュー曲がそのまま代表曲になったのは、最初の一曲に声の全部が入っていたからに映る。数え終わらないキスのように、この歌の聴きどころも、聴き返すたびにひとつ増えていく。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・高輪田マチ)

の記事をもっとみる

注目コンテンツ