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この曲は大人の恋愛哲学の歌だ。30年後もカバーされる「わかり合えない部分」に愛を見出した名曲

  • 2026.8.25
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1998年10月、ドラマ『奇跡の人』制作会見に出席した山崎まさよし(C)SANKEI

好きな人と、食の好みが合わない。味付けはあちらが濃くて、こちらは薄い。休みの日は出かけたい自分と、家にいたい相手。恋をしていれば、そんな小さな食い違いに何度もぶつかる。合わないことを数えはじめると不安になるけれど、その不安ごと軽やかに笑ってくれる歌がある。

山崎まさよし『セロリ』(作詞・作曲:山崎将義)ーー1996年9月1日発売

たかが野菜一本。けれどこの曲は、その一本に恋のいちばん厄介な問題を背負わせた。育ってきた環境が違えば、好き嫌いが食い違うのは当たり前。その当たり前を責めずに歌ったからこそ、この曲は30年経っても古びない。

嫌われ野菜を相性のものさしに変えて

サラダの隅に残される、あの独特の香りの野菜。セロリといえば、嫌われがちな野菜の代表格として真っ先に名前が挙がる一本だ。よりによってその嫌われ者を、二人の相性を測るものさしとして真ん中に置いたところに、この曲の着眼の鋭さがある。バラの花束でも夜景でもなく、台所の野菜かごから恋を歌いはじめる発想が、まず面白い。

歌詞が言い切るのは、育ってきた環境が違うのだから好き嫌いのずれは否めない、という身も蓋もない事実だ。夏がだめだったり、セロリが好きだったりする相手を、直そうとも責めようともしない。ずれはずれのまま、机の上に置いておく。

タイトルが野菜の名前だけ、というのもこの曲らしい。恋や愛をそのまま掲げるのではなく、身近なセロリを通して、好みも育った環境も違う二人の関係を描いている。ありふれた野菜を恋人同士のすれ違いの象徴にしたことで、この歌はぐっと生活に近いラブソングになった。

恋の歌の多くが「わかり合えた瞬間」を歌うのに対して、この曲は「わかり合えない部分」から始める。好みも育った環境も違う。それでも、相手を自分に合わせようとはしない。違いをなくすのではなく、違ったまま一緒にいようとする。そこに、この曲の誠実さがある。

ざらついた声が苦味ごと歌い切る

1996年9月、この曲は山崎まさよしの3枚目のシングルとして世に出た。デビューして約1年の、まだ名前が広く知られる前の時期である。

音の佇まいは、驚くほど飾り気がない。アコースティックギターの刻みに、ハーモニカの音色がふっと差し込まれ、間奏では渋いギターソロが鳴る(山崎まさよしはギターの名手でもある)。どこかラテンの風を感じさせる、腰の軽いリズム。きらびやかなヒット曲の対極にある、木の椅子のような手触りだ。

そして山崎まさよしの声である。少しざらつきを含んだ声が、深刻になりそうな題材を苦笑いの温度で運んでいく。圧巻は終盤、言葉を畳みかける早口のパートだ。多少の相手のわがままも、多少のずれも、と積み上がっていく言葉の洪水は、恋人への文句のようでいて、聴くほどにのろけに聴こえてくる。感情の行ったり来たりを、声の勢いだけで描き切る歌唱である。

しかもその早口を、山崎は息を切らさず、どこか楽しげに乗りこなす。理屈では割り切れない気持ちを、理屈で説明する代わりに、リズムに乗せて吐き出してしまう。歌がうまいという以上に、歌でしか言えないことを歌っている。その手応えが、この終盤にはある。

国民的カバーが本家へ橋を架けた

この曲の歩みには、続きがある。発売の翌1997年、SMAPがカバーし、フジテレビ系ドラマ『いいひと。』の主題歌として全国に流れたのだ。1997年5月に発売され、累計70万枚を超えるセールスとなった。作った本人の歌よりも先にカバーが国民的に知られるという、逆向きの順序でこの曲は日本中の耳に届いた。カラオケで歌われ、世代を越えて口ずさまれる共有財になったのは、この橋渡しがあったからだ。

SMAP版で曲を知り、あとから本家に辿り着く。二つの『セロリ』を別の曲として聴き比べる楽しみは、いまもファンの間でよく語られる。同じ歌詞、同じメロディなのに、歌い手が変わると恋の風景まで変わって聴こえる。本家のざらついた独り言で聴くと、生活の中の実感としてじわりと沁みる。カバーの面白さの、教科書のような例だと言いたくなる。

時を越えてもう一度重なった声

2026年6月、この曲はまた新しい形で生まれ変わった。山崎まさよしのデビュー30周年企画として、木村拓哉がカバーを配信したのである。

このカバーには山崎本人が参加し、声を重ねている。かつて自分の曲を全国へ広めてくれたグループの一員と、30年の時を経て同じ音源の中に並ぶ。カバーされる側とする側が、対立ではなく合奏の形で収まっているのが、いかにもこの曲らしい。

違うものは違うまま、それでも同じ場所で鳴る。曲のテーマそのものを、制作の風景がなぞっているように映る。

それでも一緒にいたいという答え

いま改めて聴き返すと、この曲は大人の恋愛哲学の歌として響いてくる。育った環境の違いを直そうとせず、受け入れたうえで、それでも一緒にいたいと願う。相手を自分の色に染めるのではなく、個を尊重したまま隣にいる。そんな関係の描き方が、恋愛の形が多様になった現在の耳にこそ、まっすぐ届く。

今夜の食卓で、相手の皿に残された野菜を見つけたら、この曲を思い浮かべてほしい。合わないことは、終わりの理由ではない。むしろそこから始まる恋があると、30年前の『セロリ』が教えてくれる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・高輪田マチ)

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