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ドラマ『グッドラック』の主題歌だった!? 30年前、疾走のなかでどこか泣いていた夏のロックナンバー

  • 2026.8.24
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2003年7月、さいまたスーパーアリーナで行われたソロ15周年記念ライブで歌う氷室京介(C)SANKEI

夏の雨は、前触れなく降る。さっきまで晴れていた空が急に暗くなり、たたきつける雨が街の色を一瞬で塗り替えてしまう。『SQUALL』は、その名のとおりの聴き心地を持った曲だ。低く構えた歌い出しから、サビで一気に空が割れるように感情があふれ出す。

イントロに声がひとつ乗った瞬間、誰の歌かがすぐにわかる。その声の輪郭の強さごと、聴き手の気分をさらっていく。

氷室京介『SQUALL』(作詞:氷室京介・松井五郎/作曲:氷室京介)ーー1996年8月15日発売

1996年の夏、ソロ13枚目のシングルとして発表され、週間ランキングの頂点に立った。30年を経てもこの曲の入り口に立つと、あの夏の湿度と熱がよみがえる。何がそこまで人の心をつかんだのか。曲そのものの情緒を、順にたどってみたい。

一声で夏の空気を塗り替える歌声

氷室京介の声は、鳴った瞬間に場の空気の主導権を握る。太く、まっすぐで、わずかな湿り気を帯びた低音。歌い出しの氷室は感情を全部は見せず、これから来るものの気配だけを漂わせて、聴き手の姿勢を正させる。

サビに入ると、その声は一段高いところへ迷いなく駆け上がり、力強く張っているのに苦しさを感じさせない伸びやかさで、聴き手の視界ごと開いてしまう。この登り方の気持ちよさこそが、『SQUALL』のいちばんの聴きどころだと言いたくなる。

この声には、聴き手の身体を動かす力がある。歌い出しで思わず背筋が伸び、サビでは音量を上げたくなる。理屈で良さを数え上げるより先に、身体のほうが反応してしまう。この歌声の説得力は、そういう種類のものだ。

長く氷室の声を浴びてきた耳にも、この曲の歌声は格別に響いたはずだ。聴き慣れた声が、いちばん良い場所で、いちばん良い鳴り方をしている。真夏の入道雲のような立体感を持って声が迫ってくる感覚は、何度再生しても薄れることがない。

静けさから一気に感情が降り出す

スコールとは、熱帯地域で空が予告なく崩れて降る激しい雨のことだ。熱を帯びた中でしか降らない、激しくて短い雨。この言葉を題名に選んだ時点で、曲の性格は半分決まっていたと言いたくなる。

実際、この曲の展開は題名にどこまでも忠実である。低く構えた入り口で少しずつ湿度が上がり、サビの入り口で、ためこまれていたものが一気に降り出す。

穏やかな顔をしていた曲が、ひと呼吸のうちに豪雨へ変わる。この落差があるから、聴くたびに胸をつかまれる。

疾走感と切なさが同居しているのも、この旋律の魅力だ。前へ前へと進む勢いの中に、夏の終わりを先取りしたような寂しさがにじんでいる。駆け抜けながら、どこかで泣いている。そんな二重の表情を持つメロディだからこそ、夏の曲でありながら季節が変わっても耳に残り続けたのだと感じる。

日常の笑いの隣に置かれた本気の歌

『SQUALL』は日本テレビ系ドラマ『グッドラック』の主題歌だった。松本明子が主演を務めた、パチンコ店を舞台にした日常のコメディドラマである。

気楽に笑って見る物語で、一切ふざけない王道のロックが堂々と鳴る。肩の力が抜けた日常劇と本気の歌との温度差こそが、曲の輪郭をひときわ濃くした。笑いのあとに流れてくるからこそ歌の真剣さが際立ち、本気の歌が芯を通すからこそ、日常の物語が愛おしく見えてくる。

1996年は、ドラマ主題歌が音楽との出会いの場として大きな力を持っていた時代だ。毎週同じ曜日の夜、決まった時間に同じ歌が流れてくる。物語の続きを待つ気持ちと、あの歌がまた聴けるという気持ちが、週に一度、同じ時刻に重なる。

いま思えばずいぶん贅沢な音楽の聴き方を、当時の私たちは当たり前のようにしていた。画面の前で笑いながら、気づけばあの歌い出しを心待ちにしていた人は少なくなかったはずだ。テレビと歌が寄り添っていた時代の幸福な空気が、この曲には焼きついている。

ひと夏の流行では終わらなかった

発売からほどなく、『SQUALL』は週間ランキングで1位に駆け上がった。そのままランキングに10週にわたってとどまり続け、累計では40万枚を超えるセールスに達している

1996年の音楽シーンは、新しいヒット曲が次々と入れ替わっていく、めまぐるしい季節の連続だった。瞬間的に売れて、瞬間的に消えていく曲も多かった。この曲は違った。真夏に鳴り始めた歌が、季節の変わり目を越えてなお手に取られ続けた。

夏の解放感だけに寄りかかった曲なら、秋風とともに忘れられていたはずだ。疾走の中に切なさを畳みこんだ曲だったからこそ、季節が深まるほどに沁みる聴かれ方ができた。夏の間は勢いのほうに耳を奪われ、秋口には切なさのほうが前に出てくる。同じ曲なのに、聴く時期によって表情を変えるのだ。流行の勢いだけでは片づけられない、息の長い届き方である。

通り雨が去ったあとに残る光

雨を冠した題名を持ちながら、聴き終えたあとに残るのは湿り気ではない。雲を割って差しこむ光のような、声の輝きである。

低いところから空へ抜けていくあの一瞬の気持ちよさは、30年を経ても少しも古びていない。再生すれば、部屋の空気が音を立てて真夏に変わる。夏が近づくたびに再生の指が伸びるのは、懐かしさのせいだけではない。この声でしか浴びられない、季節の味があるからだ。

激しく降って、あっけなく晴れて、あとには洗われた空だけが残る。『SQUALL』は、夏という季節の感情をそのまま音に写し取った曲なのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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