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35年前、黄金期の職人コンビが【氷河期】に書いた「ど真ん中」王道アイドルポップス

  • 2026.8.24
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1991年5月、「ベストジーニスト'91」に選ばれた西田ひかる(C)SANKEI

テレビをつければ、いつもどこかにいる人だった。CMで笑い、バラエティの席で場を明るくする。西田ひかるの顔を知らない人は、当時ほとんどいなかったはずだ。ただ、その名前のすぐ隣に「歌」を置いて思い出せる人は、どれだけいただろう。誰もがよく知っている顔と、まだ広く届いていなかった歌声。その距離を一気に縮めた一曲がある。

西田ひかる『ときめいて』(作詞:松本隆/作曲:筒美京平)ーー1991年8月7日発売

題名のとおり、恋が始まる瞬間の高揚をまっすぐに歌ったポップスだ。1991年の夏、この歌は毎週火曜の夜9時台、日本中のテレビから流れていた。

主演と主題歌をひとりで担った夏

1991年7月から9月にかけて、TBS系でドラマ『デパート!夏物語』が放送された。主演は西田ひかる本人。そして主題歌が『ときめいて』だった。

主演をつとめ、主題歌も歌う。ドラマの世界と歌の世界が、ひとりの人の中で地続きになっていた。この一体ぶりが、曲の届き方を決めたように映る。火曜の夜9時、ドラマを見終えた人の耳に、そのまま歌が残る。物語のなかで笑っていた顔と、歌のなかで弾む声が、毎週ひと続きに流れてくる。曲だけを覚えるのではなく、あの夏のテレビごと覚える。

舞台がデパートだったことも効いている。夏のデパートは、お中元とセールと家族連れでいちばん賑わう場所だ。その華やぎを背景にした物語の主題歌なのだから、恋の高揚を歌うこの曲ほどふさわしい歌はない。物語と歌が同じ温度で作られている。

夏休みの真ん中に発売日が置かれていることもあって、この曲は1991年の夏を過ごした人の生活の記憶と分かちがたく結びついた。単独の1曲というより、あの年の夏の手ざわりそのものとして残っている。

アイドル氷河期にあえて王道で書く

クレジットの2つの名前に、まず目を見張る。作詞は松本隆、作曲は筒美京平。70年代から80年代にかけてアイドルポップスの黄金期を支え続けた、屈指の職人コンビだ。編曲は渡辺格がつとめた。

肩書きだけの豪華さではない。このコンビが組むと、詞が情景を受け持ち、曲が人なつっこさを受け持ち、聴いた端から口ずさめる歌に仕上がる。80年代の歌の数々で聴き手が体で覚えてきた配合だ。

1991年は、アイドル歌謡が勢いを失い、アイドル氷河期とまで呼ばれた時期にあたる。その真ん中で、ふたりの作家は流行に寄せることも斜に構えることもせず、恋のときめきを恋のときめきのまま歌わせる、ど真ん中のポップスを書いた。

題名に迷いがない。『ときめいて』。恋が動き出す一瞬だけを切り取って、それ以上の意味を背負わせない。この潔さに、数え切れないほど恋の歌を書いてきた作家たちの余裕を感じる。

しかも歌わせる相手の選び方がうまい。西田ひかるの声と佇まいには、含みや憂いより先に、屈託のない明るさが立つ。悲恋でも未練でもなく、恋のいちばん幸福な入口だけを歌う曲は、この人のために設計されたように映る。時代が変わっても、恋の始まりの胸の高鳴りだけは古びない。そこへまっすぐ賭けた王道こそが、この曲の背骨になっている。

夏の歌が大晦日の先頭へ届くまで

そして1991年の暮れ、この歌は思いがけない場所へ届く。第42回NHK紅白歌合戦。西田ひかるは『ときめいて』を携えて初出場を果たし、しかもトップバッターとして大晦日のステージの先頭に立った。夏のドラマの主題歌が、そのまま年の瀬のいちばん大きな舞台まで運ばれた形になる。

紅白のトップバッターは、番組全体の空気を決める役割だ。祝祭の入口を開けるだけの明るさと勢いがいる。恋の始まりの高揚を歌う『ときめいて』は、その役割にぴたりとはまった。曲の性格と役割の性格が、気持ちよく重なっている。

大晦日の夜、テレビの前には三世代がそろう。夏のドラマを見ていた人も、見ていなかった人も、その夜だけは同じ画面を見る。初出場の緊張を明るさで包みながら先頭で歌い切る姿は、西田ひかるが歌手であることを、いちばん多くの人に一度で知らせた。忘れてはいけないのは、真冬の夜に夏の歌を歌って、少しも季節外れに聞こえなかったことだ。

この曲の核が夏の風景ではなく、ときめきという季節を持たない感情のほうにあることを、大晦日のステージが証明した形になる。夏のドラマの出口で流れていた歌が、半年もたたないうちに、大晦日の入口を任される歌になった。この移動距離こそ、1991年の西田ひかるに起きたことのすべてだと言いたくなる。

別の夏の舞台にもう一度呼ばれて立つ

時間はそこから一気に飛ぶ。2026年6月28日、『テレ東音楽祭2026夏』のステージに西田ひかるが立ち、『ときめいて』を歌った。「歌の伝説」をテーマに掲げた、ドラマ主題歌の特集企画でのことだ。発売から35年ほどたっていた。

番組が並べたのは、時代を作ったドラマ主題歌の数々だ。その一角に『ときめいて』が置かれたことの意味は小さくない。1991年に生活の記憶だった歌は、35年の時間を渡って、あの夏をまるごと呼び出す合図に変わっていた。画面の前で、火曜の夜9時の空気を思い出した人もいたはずだ。歌は変わらない。変わったのは、歌を聴く側が重ねてきた時間のほうだ。

恋の始まりの光だけを閉じ込めた歌

恋が始まる直前の、まだ何者でもない時間。『ときめいて』が封じているのは、その一瞬だけだ。題名が指しているのは、恋の結末ではなく入口のほうだ。だから聴くたびに、聴き手の中のいちばん新しいときめきが顔を出す。35年前の夏の歌でありながら、鳴っているあいだだけは、いつでも現在形の歌に映る。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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