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なぜ音にたどり着けない曲ほど語り継がれるのか フリッパーズ・ギターの「聴けない名盤」を開く一曲

  • 2026.8.24
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※ChatGPTにて作成(イメージ)

フリッパーズ・ギターの『ドルフィン・ソング』は、いちばん語り継がれているのに、いちばん聴きにくい幕開けの曲だ。

検索すればいくらでも名前が出てくる。名盤を語る場ではしばしば呼び出される。それなのに、主要な配信サービスをいくら探しても、この曲を収めたアルバムは出てこない。「聴けない」という一点が、この曲の名前を35年のあいだ磨き続けてきた。

フリッパーズ・ギター『ドルフィン・ソング』(作詞・作曲:Double Knockout Corporation)ーー1991年7月10日発売

なぜ聴けないのか。そして、なぜ聴けないままでこれほど愛され続けるのか。その二つの問いをたどることが、そのままこの曲を聴き直すことになる。

配信で探しても見つからない幕開け

この曲が収められているのは、3枚目にしてラストのオリジナルアルバムとなった『DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』。その1曲目に『ドルフィン・ソング』は置かれた。

アルバムはいまも主要なストリーミングで配信されていない。わずかなシングル曲を除けば、配信の検索結果にこのバンドの音はほとんど並ばない。再発も長く途絶え、聴きたければ中古盤を探すか、当時の盤を大事に持っている誰かを頼るしかない。

この不便さが、不思議なことに作品への愛着を育ててきた。簡単に手が届かないからこそ、聴いたことのある人の記憶は濃くなり、まだ聴けていない人の憧れは膨らむ。手に入れた日の記憶ごと、この作品は聴かれてきたはずだ。曲は口づてで生き延びてきた。

アルバムの1曲目は作品の顔だ。再生した瞬間に、その先の景色を決めてしまう。だからこの曲は、この聴けない名盤の記憶を語るとき、たびたび呼び出される。入口のいちばん目立つ場所に、立ち続けている。

爽やかさを捨てて切り貼りに賭ける

フリッパーズ・ギターは、前2作で爽やかなギターポップを鳴らしてきた二人組だ。ところがこのアルバムで、路線を大きく変える。

プライマル・スクリームやマイ・ブラッディ・ヴァレンタインといった同時代のUKのバンドに目を向け、既存の音源を切り貼りするサンプリングを持ち込んだ。手癖のギターを刻むかわりに、レコードの棚から音を選び、切って、貼る。元の曲の断片が新しい文脈で鳴り直す。その面白さに、二人はバンドの看板ごと賭けた。引用で曲を編んでいく、作り方そのものを作品にしてしまう転換だった。

『ドルフィン・ソング』は、その宣言をアルバムの冒頭で引き受ける。ゆったりとしたテンポの上で、幾重にも重ねられた音が波のように寄せては引く。勢いで畳みかけるのではなく、音の層のなかへ耳を沈ませていく1曲目だ。イルカの名を冠した曲が、水のなかで聴くような音像をまとっている。この重なりは、できすぎなくらい似合っている。

そして、このサンプリングこそが権利の処理を難しくし、配信が実現しない要因になっていると言われている。冒険の大きさと聴けなさが同じ場所から生まれているのだとしたら、あまりに切ない巡り合わせに映る。

ひとつの名義に溶けた二人の署名

作詞・作曲のクレジットには、Double Knockout Corporationとある。小沢健二と小山田圭吾、二人の共同名義だ。ローマ字で書けば、どちらの名前も頭文字はK.O.になる。二人分のノックアウトを会社名のように名乗る洒落が、いかにもこのバンドらしい。

どちらが言葉を書き、どちらが旋律を組んだのか。名義はそれを明かさない。二つの才能を一つの名前にまとめ、個人の手柄を消してしまうところに、このバンドの徹底した美学が覗く。二人で書いたという事実だけを置いて、どちらの色かは聴き手の耳に委ねる。その潔さが、そのままこの曲の気品になっている。

この曲は1991年8月25日発売のシングル『星の彼方へ』の2曲目にも収められた。アルバム発売からおよそひと月半後、この曲はもう一度リスナーの前に置かれたことになる。アルバムの幕開けであると同時に、シングルの盤にも刻まれた1曲。二人がこの曲を添え物ではなく、独立した作品として扱っていたことが伝わってくる。

始まりの曲が別れの曲に裏返る

アルバムを携えた全国ツアーの直前、フリッパーズ・ギターは突然解散を発表する。新しい方法論を高らかに掲げた作品は、そのままバンドの最後のオリジナルアルバムになった。

1曲目は、結果として「最後の始まり」の曲になった。開けた扉の先に、続きの部屋は作られなかった。勢いのある曲で幕を開けることもできたはずのアルバムを、二人は静かな1曲で始めた。その選択を、解散を知ったあとの耳はどうしても深読みしたくなる。穏やかな響きが、まるで終わりを知っていたかのように聴こえてくるからだ。

その後の二人の歩みは広く知られている。小沢健二はソロに転じて誰もが口ずさむヒット曲を生み、小山田圭吾はコーネリアスとして海外でも評価される音楽家になった。並んで立っていた二人は、離れてみればまるで違う方向へ伸びていった。後にそれだけの景色を見る二人が、最後に肩を並べて組み上げたアルバムの、その一曲目である。

名前のない時代に置かれた神話

フリッパーズ・ギターは「渋谷系」の代表のように語られることがあるが、その言葉が広く使われるようになったのは、解散のあとのことだ。

ジャンルの名前が育ち、聴けないアルバムの評判が育ち、2015年には小説『ドルフィン・ソングを救え!』(著:樋口毅宏)まで現れた。小説にはフリッパーズ・ギターをモデルにしたであろう2人が登場する。

実体より先に物語が大きくなっていく。伝説とは、そういう育ち方をするものだ。

それでも、この曲の価値は物語ではなく音にある。中古盤に手を伸ばし、最初の1曲を再生した人だけが、35年前に二人が最後に開けた扉の音を聴くことができる。その一度の再生に見合うだけのものが、この幕開けには確かに鳴っている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・高輪田マチ)

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