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「めちゃくちゃ可愛かった」主演女優賞から35年。カンヌ女優の予想外な“カフェ経営”の現在地

  • 2026.8.27
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1989年公開の米国映画『ミステリー・トレイン』で、ミツコ役を演じた工藤夕貴。スクリーンに残した姿はいまも鮮烈で、SNSで作品を振り返る人からは「めちゃくちゃ可愛かった」という声がこぼれる。

そんな工藤は現在、富士山麓で米や野菜を育て、オーガニックカフェ「カフェ・ナチュレ」を営んでいる。海外作品に出演した俳優と、畑に立つ人。遠く離れた二つの姿に見えるが、その歩みをたどると、決められた場所に収まらず、自ら仕事の現場を広げてきた一本の線が浮かび上がる。

受賞歴の奥にある一本の映画

1991年公開の今井正監督作品『戦争と青春』に出演した工藤はこの作品で、第15回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞している。

賞の名前だけを見れば、華やかな経歴の一項目である。だが、主演女優賞は作品の中心を担った仕事への評価だ。工藤が若くして背負ったのは、ただ画面に登場する役ではなく、一本の映画の重さを受け止める立場だった。

『戦争と青春』という作品名が示す通り、そこで扱われたのは軽やかな成功譚ではない。工藤の名前の横に残る賞は、華やかさの記号というより、重い題材を主演として引き受けた記録として読むほうが、その後の歩みへ深くつながる。

さらに興味深いのは、この受賞が海外へ向かう出発点ではなかったことだ。『戦争と青春』より前の1989年、工藤はジム・ジャームッシュ監督がメガホンをとったアメリカの映画『ミステリー・トレイン』でミツコ役を演じている。日本で評価を得てから外へ出たのではない。国内で主演作を担う時間と、海外の映画人の中で役を生きる時間が、早くから並んでいたのだ。

一度の越境で終わらなかった

『ミステリー・トレイン』は1989年のカンヌ国際映画祭コンペティションに出品された。工藤の海外出演を語るとき、この1作だけでも十分に強い。しかし、その後には『ピクチャーブライド』がある。同作は1994年、同映画祭の「ある視点」部門に選ばれた。

一度きりの大抜てきなら、鮮烈な例外として記憶されたかもしれない。けれど、異なる作品がそれぞれカンヌの舞台へ届いたことで、海外出演は工藤の経歴の中に根を張った。国内作品で主演女優賞を受ける一方、国の外でも役を残す。どちらかが本線で、もう一方が寄り道だったわけではない。

工藤夕貴の俳優人生は、ひとつの中心へ向かって細くなるのではなく、場所を越えるたびに仕事の輪郭を広げていったのである。

富士山麓で作ることと届けること

2006年、工藤は富士宮市へ移住した。富士山麓で農業に取り組み、オーガニックカフェ「カフェ・ナチュレ」を運営している。米と野菜は無肥料・無農薬の自然農法で育てたものだ。

田畑と店が近いだけではない。工藤が育てたコシヒカリは日本酒の原料となり、その酒はカフェでも販売された。米が田んぼを出て別の形になり、人を迎える場所へ戻ってくる。ここでは、育てることと届けることが一続きの営みになっている。

店で料理だけを出すのでも、田畑で作物だけを育てるのでもない。自分の手元で始まった米や野菜が、人の口へ届くところまで見渡せる。大きな映画の現場とは対照的な距離の近さが、富士山麓での仕事にはある。

映画では、国をまたいで作品ごとに新しい現場へ入った。富士山麓では、田畑からカフェまでを自分の暮らしの中で結んだ。扱うものも規模も違うが、既に用意された肩書の内側にとどまらず、仕事の届く範囲を自ら広げてきた点では重なる。

女優から農業へ人生を乗り換えたのではない。表現する場所に、土に触れ、人へ手渡す場所が加わったのだ。

スクリーンの記憶は田畑まで続く

『ミステリー・トレイン』を見た人の「めちゃくちゃ可愛かった」という記憶は、35年以上を経ても消えていない。一方、現在の工藤を「名女優で今現在は農家」と表す声には、映画と田畑が同じ人生に並ぶことへの驚きがにじむ。

だが、驚くほど遠く見えるのは、途中の時間を省いて眺めるからでもある。国内と海外を行き来してきた俳優が、今度はスクリーンの外へ仕事の場所を広げ、富士山麓で育てたものをカフェまで届ける。工藤は過去を置いて田畑へ来たのではない。境界を越えるたびに、自分の現場をもう1つ増やしてきたのである。


※記事は執筆時点の情報です

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