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“親友の夫を愛する女性”から“生粋の悪女”まで。「恋する母」を演じ分けた美人女優とは?

  • 2026.8.7
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2017年6月、ダイヤモンドのような永遠の輝きを放つ女性に贈られる「フォーエバーマーク賞」を受賞した木村佳乃(C)SANKEI

「愛人」「妻」「母」「悪女」。どれも、その人が誰とどんな関係にあるかを示す言葉だ。けれど、一つの呼び名だけで人の心まで説明できるわけではない。

木村佳乃は、恋愛や結婚に揺れる女性を演じるたび、そうした分かりやすい分類から役をはみ出させてきた。誰かを傷つけた女性にも、守りたい暮らしがある。裏切られた妻にも、過去だけでは決まらない次の人生がある。

木村が向き合ってきたのは「不倫」という出来事そのものより、正しさと欲望、愛情と後ろめたさ、強さと弱さを同時に抱える女性の矛盾だった。

裏切られた女性が親友の夫を愛する『自由戀愛』

2005年公開の映画『自由戀愛』で木村が演じた伊部清子は、大正初期を生きる物静かな女性だ。夫に別の女性がいたため離縁した清子を気の毒に思い、女学校時代の同級生・明子は、自分の夫・優一郎の会社で働けるよう取り計らう。

ところが、そこで清子と優一郎は恋に落ちる。やがて清子は優一郎の子どもを身ごもり、優一郎は明子と離縁して清子と一緒になる。

この役の複雑さは、清子が最初から「親友の家庭を壊す女」ではないことにある。自分も夫に裏切られ、暮らしと誇りを失ったところから物語が始まる。傷つけられた側だった女性が、今度は親友を傷つける側へ回るのだ。

しかも、優一郎と結ばれれば自由になれるわけでもない。明子が職業婦人として自立していく一方、清子は家庭に縛られていく。愛人、妻、被害者、裏切った友人。木村は、どの言葉にも完全には収まらない清子の静かな自尊心と危うさをにじませた。

家族への愛と初恋が同時に残る『はつ恋』

2012年放送のNHKドラマ10『はつ恋』で演じた村上緑には、優しい夫・潤と幼い息子がいる。初恋相手の三島に傷つけられた過去を乗り越え、言語聴覚士としても家庭人としても、穏やかな日々を築いていた。

その暮らしを揺らすのが肝臓がんの宣告だ。難しい手術を成功させられる医師として現れたのは、かつて最も会いたくなかった三島だった。命を救われる患者と医師として向き合ううちに、封じたはずの感情が動き始める。

緑の迷いを、単なる倦怠期や刺激への憧れとして片づけることはできない。夫への感謝も、息子への愛情も本物のまま、初恋の痛みと未練も消えてはいなかったからだ。どれか一つが嘘なら、答えはもっと簡単だっただろう。

木村は、妻や母の顔を脱いで恋する女性になるのではなく、それらを全部抱えたまま選択に揺れる緑を演じた。家族を愛していることと、別の人へ心が動くこと。その両方が存在する苦さが、役の矛盾を深くしていた。

「悪女」の看板を自分で使う『後妻業』

2019年放送のカンテレ・フジテレビ系ドラマ『後妻業』では、矛盾の見せ方が一変する。木村が演じた武内小夜子は、資産を持つ高齢男性を美貌と話術、度胸で引きつけ、後妻となって遺産を手に入れる「後妻業」のエースだ。

清子や緑が周囲から付けられる呼び名に苦しむ女性だとすれば、小夜子は「悪女」という看板を自分の武器にする。結婚は守るべき居場所ではなく、相手の欲望を読み、利益を得るための仕事になる。

それでも小夜子は、冷たい詐欺師の顔だけでは終わらない。派手な装いと大阪弁、押しの強さで相手をのみ込み、危うい駆け引きさえ痛快な勢いへ変えてしまう。木村は、結婚を利用する非情さと、画面を明るくかき回す生命力を同居させ、「悪女」の看板だけでは収まらない人物に仕立てた。

止まっていた時間を自分で動かす『恋する母たち』

2020年放送のTBS系ドラマ『恋する母たち』で木村が演じた石渡杏は、夫・慎吾の失踪後、息子を一人で育ててきた母だ。慎吾は11年前、斉木巧(小泉孝太郎)の妻と駆け落ちした。残された杏の時間は、夫が消えた理由も結婚の行方も曖昧なまま、そこで止まっていた。

杏は斉木から慎吾が与論島にいると知らされたことで、長く宙づりになっていた過去が再び動き始める。杏は島で慎吾と向き合い、離婚を選んで、自分の手で結婚に区切りをつけた。その後、同じく離婚を終えていた斉木との距離が縮まり、二人は交際を経て結婚する。杏にとって新しい関係へ進むことは、失った11年を埋め合わせるための勢いではない。母として息子の暮らしを守りながら、自分の人生も自分で選び直す決意だった。

夫の失踪に耐えて待つ女性から、過去を終わらせて未来を決める女性へ。木村は、傷ついた時間を抱えたまま一歩を踏み出す杏の強さを、静かな意志として見せた。

呼び名からこぼれる心を演じる

『自由戀愛』の清子は、裏切られた痛みを抱えながら親友の夫を愛した。『はつ恋』の緑は、夫と息子への愛情と消えなかった初恋の間で揺れた。『後妻業』の小夜子は結婚を商売の舞台に変え、『恋する母たち』の杏は、失踪した夫を待つ時間を終わらせて新しい人生へ進んだ。

四人を「愛人」「妻」「悪女」「母」と並べれば、分かりやすく見える。だが木村の演技が残すのは、その呼び名からこぼれ落ちる感情だ。選択を正当化しすぎず、役を一面的な悪人や被害者に固定せず、一人の女性の中にある迷いと意志をすくい上げる。

守りたい暮らしと抑えられない感情、過去への思いと未来への決意。木村佳乃が演じてきた女性たちは、その割り切れなさを抱えたまま、自分で次の一歩を選んでいく。

だから彼女たちは、物語が終わっても簡単な呼び名に戻ってくれない。矛盾も傷も引き受け、自分の時間を動かしていく。その姿こそ、木村佳乃が恋愛や結婚をめぐる役で見せてきた、女性の強さなのだ。


※記事は執筆時点の情報です

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