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「10万のお祝いは、うちには重すぎる」都会の兄夫婦からの祝いの金額に毎回頭を抱える→地方で暮らす私の本音

  • 2026.7.30

封筒の厚みに、いつもどきりとする

兄は都会の大手企業に勤めていて、義姉も同じ会社の人でした。

二人が結婚した頃から、うちの子への贈り物の額が少しずつ大きくなっていきました。

入学のたび、七五三のたび、封筒の厚みにどきりとします。

今年、上の子が二十歳を迎えたときには、お祝いに10万円が入っていました。

金額を確かめて、ありがとうと口では笑いながら、頭の隅ではもう返礼の算段を始めている自分がいました。

素直に喜びきれない自分が、少しだけ嫌でした。

「10万のお祝いは、うちには重すぎる」

夫にそうこぼしたのは、嬉しくなかったからではありません。

ありがたくて、けれど同じだけ返せる自信がなくて、胸の奥が重くなっただけなのです。

返さなければ、という気持ちだけが残る

私たち夫婦はどちらも一般企業の勤め人で、地方でほどほどの暮らしを続けています。

兄に悪気がないのは分かっています。

気前がいいのも、身内を大事にする人だからです。

それでも、もらった分は返さなければという気持ちが、どうしても消えてくれません。

「もう少し、控えめでもいいと思うんだけど」

「でも、いただいた手前ね」

毎回この会話をして、結局は無理をして同じくらいの額を用意します。お年玉も、うちからは3万円を包むのが精一杯なのに、兄からはいつもそれ以上が返ってきます。

差を感じるたび、申し訳なさだけが静かに積もっていきました。金額を決めるとき、私はいつも電卓を何度も叩き直します。

家計簿のほかの欄を少しずつ削って、なんとか兄に見劣りしない封筒を用意する。その繰り返しが、年々こたえるようになってきました。

これから先の分を、数えてしまう

兄夫婦の子どもたちは、まだ中学生です。

入学、卒業、成人と、これから節目が来るたびに、私たちはお祝いを用意しなければなりません。

指を折って数えていくと、少し気が遠くなります。

「あと何回、あるのかな」

夫がぽつりと言いました。責める口調ではなく、ただ途方に暮れた声です。

気持ちは、本当に嬉しいのです。兄は私たちを軽んじているわけではないし、見栄で張り合っているわけでもありません。

ただ、住む場所も稼ぎも違う二つの家が、同じ物差しで贈り合おうとすると、片方だけが少しずつ息切れしていく。断ることもできず、追いつくこともできない。この重さの正しい下ろし方を、私はまだ見つけられずにいます。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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