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服飾史家 中野香織さんが解き明かす“ロイヤルの肖像”【マティルド王妃(ベルギー)】

  • 2026.7.24

華やかさを品格へと変え複雑な国に寄り添う知性

スウェーデン国王の80歳祝賀晩餐会にフィリップ国王とともに出席。オレンジのドレスがひときわ華やか。 Patrick van Katwijk / Getty Images

3つの公用語を持ち、北部フランデレン、南部ワロン、そして首都ブリュッセルをめぐる複雑な均衡のなかで、ベルギー王室には「国をひとつに見せる」繊細な役割が求められます。

その国にあって、王妃マティルドは存在感を放っています。装いは鮮やかな赤、ピンク、オレンジのレース、黄色のセットアップ。その華やかさは笑顔とともに、場を明るく整える力を発揮しています。

ご夫妻でピンクをリンクさせた装いで、英国チャールズ3世国王の戴冠式へ。 Anwar Hussein / Getty Images

マティルド王妃は1973年、ベルギー貴族デュテケム・ダコズ家の長女としてブリュッセルに生まれました。父はワロンの旧家の出身、母はポーランド貴族コモロフスキ家の出身。ベルギーの地域性と、ヨーロッパ貴族の国際性を併せ持つ女性です。ブリュッセルで言語聴覚療法を学び、結婚前には言語聴覚士として現場に立ちました。1999年、当時王太子だったフィリップ王子と結婚。2013年、フィリップ国王の即位により、史上初のベルギー出身の王妃となります。王室に入った後も学びを続け、2002年には心理学の修士号を取得。言葉を聴き、人の心に寄り添う専門性が王妃としての所作を支えています。

前衛ではなく、開かれた華やかさ

マティルド王妃のファッションはカラフルですが、決してラディカルには傾きません。

ベルギーはアントワープ・シックス以後、世界のモード史を変える前衛的な才能を輩出してきました。ドリス ヴァン ノッテンやアン ドゥムルメステールに象徴されるベルギーのモードは、知的で、実験的で、鋭く世界を挑発してきました。しかし、マティルド王妃は、その前衛性を王妃像の中心には置きません。

アルベール2世国王の退位とフィリップ国王の即位を記念した式典では、白いドレスで存在感を放って。 Dean Mouhtaropoulos / Getty Images

長く愛用してきたのは、ベルギー人デザイナー、エドゥアール・ヴェルムーレンによるナタンです。明るい色、整ったシルエット、ほどよい構築性。ナタンの服は、古典的すぎず、実験的すぎず、王妃としての品格と現代的な軽やかさを両立させます。近年ではブリュッセル発のメイア・クチュールも選択肢に加わり、帽子にはファビエンヌ・デルヴィーニュを選ぶことも少なくありません。選択の基準にあるのは、地に足のついたベルギーのクラフツマンシップです。

王妃が選ぶのは、モードの先端で競う服ではなく、国民の誰の目にも親しみやすい装いです。目立ちながら、目立ち方を誤らないのです。

子どもの権利を守る国際的な議論の場「岐路に立つ子どもの権利」に、シックなパンツ姿で。 Geert Vanden Wijngaert / Getty Images

人の尊厳を支える“王妃”という専門職

その姿勢は、公務にも表れています。マティルド王妃が力を注いできたのは、子ども、教育、メンタルヘルス、持続可能性。いずれも、人間の尊厳が崩れやすい領域です。

ユニセフ・ベルギーやチャイルド・フォーカスの名誉会長、国連SDGs推進役としての活動が示すのは、人が生きる基盤を着実に整えようとする意志です。声にならない不安を聴くこと、対立をあおらないこと。華やかな服の下に、確たる専門性があります。

建国記念日の式典にファミリーで登場。左からエレオノール王女、ガブリエル王子、マティルド王妃、フィリップ国王、エリザベート王女、エマニュエル王子。王妃とエリザベート王女のドレスはいずれもナタンによるクチュール。 Geert Vanden Wijngaert / Getty Images

役割は、今、新しい段階に入りつつあります。2026年からは、長年アストリッド王女が率いてきたベルギー経済使節団(経済使節団)の海外訪問を、王妃が引き継ぐことになりました。装いも振る舞いも、ここではベルギーという国の安定感と信頼性を相手に伝える外交の言語になります。

王位継承者である長女エリザベート王女は、いずれベルギー史上初の女王となる存在です。母が築いてきたのは、華やかさが品格を損なわず、国の複雑さを受け止める流儀でした。そのあり方は、次の時代の女性君主へと手渡されていくでしょう。

色彩を恐れず、前衛に走らず、保守に閉じず、複雑な国をひとつの空気へと包み直す姿勢。マティルド王妃のエレガンスは、分断の時代にあって、人と人とをつなぎ留める柔らかな知性のかたちです。

【Hot Topic】王位継承順位第1位、エリザベート王女

Patrick van Katwijk / Getty Images

2015年、13歳の年に海軍哨戒艦ポルックスの命名式で代母を務めたエリザベート王女。王立陸軍士官学校で社会・軍事科学を1年修め、オックスフォード大学リンカーン・カレッジで歴史と政治を学び、ハーバード・ケネディスクールで公共政策修士課程を修了。軍、学問、公共政策を横断する歩みは、複層的な国を率いる次代の統治者の輪郭を確かなものにしています。ナタンから国際派ブランドまでシーンに応じて着こなす感覚にも、次世代の女王の風格が感じられます。

服飾史家 中野香織さん
PROFILE ラグジュアリー領域を中心に著述・講演・教育・企業アドバイザリーに携わる。英ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを歴任。著書に『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』(日本実業出版社)。最新刊は、エレガンスを「思想と力」として多面的に読み解く『エレガンス入門』(ちくまプリマー新書)。YouTubeも好評。


Text : KAORI NAKANO
25ans(ヴァンサンカン)8月号掲載(2026年6月28日発売)

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