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「本当に今日焼いたの?」パン屋で交換を迫る客。だが、常連客の言葉に絶句

  • 2026.7.22

交換して、と言い出した客

去年の春、子どもの習い事の帰りに、通り道の個人経営のパン屋へ立ち寄りました。焼き上がりの匂いが、外まで流れています。

レジには三人ほど並んでいます。一つ前にいた五十代くらいの女性が、トレーを台に置くなり、若い店員に切り出しました。

「本当に今日焼いたの?」

「本日の午後に焼いた物です」

「なんだか硬いのよ。交換して」

店員はケースへ目を落とし、言葉を選びながら答えました。

「申し訳ございません。同じ種類は、あと一個しか残っていなくて」

「じゃあ、棚の分を全部持ってきて。私が選ぶから」

トングを取った店員が、棚とカウンターを行き来し始めました。並べられたパンを、女性は袋の上から一つずつ押していきます。

「これも硬い。次」

「そちらは、生地を寝かせて焼いている物でして」

「言い訳はいらないの。次を出して」

列は入口の前まで伸びていました。店内の話し声も、いつのまにか消えています。5分ほど、それが続きました。

「やっぱりいいわ」

選んだのは、いちばん最初に自分で取ったパンでした。

列の後ろから聞こえた声

すぐ後ろに、白髪をまとめた年配の女性が立っていました。買い物かごを提げたまま、静かに口を開きます。

「ここのご主人はね、毎朝4時から焼いてるのよ」

怒った声ではありませんでした。世間話をするような調子です。

「私は20年通ってるけど、硬かったことなんて一度もないわ」

店の中の音が、すっと引きました。列の中ほどの男性がうなずきます。ベビーカーを押していた人も、同じように顎を引きました。誰も何も言いません。それでも、みんながどちらに立っているかは分かりました。

女性客は、財布を持ったまま動きませんでした。

「……そんな、責めてるわけじゃ」

そこで言葉が途切れます。もう一度口を開きましたが、声にはなりません。視線だけが天井のほうへ逃げていきます。

年配の女性は、追い打ちをかけません。店員のほうを向いて、目元だけで笑っただけです。

女性客は代金を台に置くと、袋も受け取らずに出ていきました。

私の番になると、店員は何度も頭を下げました。

「お待たせして、申し訳ありませんでした」

「大丈夫ですよ。ここのパンが好きで来てるので」

後ろから、年配の女性が言い足しました。

「私は明日も来ますからね」

店員が、その日はじめて顔を上げて笑いました。

数週間後にまた寄ると、棚の端に手書きの札が増えていました。商品にはトングをお使いください、と書いてあります。

レジの奥から、あの日の店員の声が聞こえます。焼き上がりを知らせる、迷いのない声でした。

※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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