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「痩せていなければ自分に価値はない」前川裕奈さんが“見た目の呪縛”をほどき、セルフラブに出会うまで

  • 2026.7.11
撮影:日下部真紀

社会起業家で文筆家、スリランカ発のセルフラブ・フィットネスウェアブランド「kelluna.」代表の前川裕奈さんは、長年“見た目の呪縛”に苦しんできた女性のひとり。海外育ちの少女が日本の学校で浴びた心ない言葉。周囲からの“いじり”によって積み重なった劣等感。やがてそれは、「痩せていなければ価値がない」という思い込みへと変わり、摂食障害や過食嘔吐へとつながっていった。

それでも裕奈さんは、海外での経験や運動、起業のきっかけとなったスリランカの女性たちとの出会いを通して、少しずつ自分自身を取り戻していく。ルッキズムやセルフラブについて前向きな発信を続ける裕奈さんに、“見た目の呪縛” から抜け出すまでの道のり、そしてセルフラブに込める思いを聞いた。


「人と違う私はダメなんだ」海外から日本の小学校へ転入して感じた違和感

すべての始まりは裕奈さんが10歳のときだった。父親の仕事の都合により、5歳でイギリスへ渡り、7歳からはオランダへ。それぞれの現地校で過ごしたのち、日本の小学校へ転入。それまで過ごしていた海外の現地校は、多様な背景を持つ子どもたちが集まるのが当たり前で、「見た目の違い」そのものにフォーカスする空気はなかった。

「ヨーロッパにいた頃は本当に自由で、日本人であることも、見た目が違うことも、まったく目立たない環境でした。そもそも『他人の見た目について口にする』という発想そのものがなかったんです」

しかし、日本の小学校へ転入した瞬間、裕奈さんを取り巻く空気は一変した。日本の「当たり前」からはみ出した彼女のファッションや言葉遣い、行動が、格好の標的になっていく。

「日本って当時はまだレギンス(スパッツ)1枚で歩くようなファッションが珍しくて。オランダでは当たり前だったその格好を日本でもしていたら、それが目立ってしまったようで……。ある日、同級生の男の子から『デブすぎてスパッツだけなのか? お前、デブスパッツだな』と言われて。その日から私は『デブスパッツ』と呼ばれるようになりました。他にも『肉団子ちゃん』『色黒』『くせっけ』と、見た目を揶揄したあだ名で呼ばれ続けました」

からかいの対象は容姿だけにとどまらなかった。

「数字の『7』の書き方が海外では横に棒を引くのですが、その書き方をすると『7の数字も書けないの?』と言われたり、うっかり花壇を踏んじゃったら先生に『海外ではよくても、日本ではそういうことはしないんだよ』と言われたり。マクドナルドで『ナゲッツ』ってネイティブの発音をしただけでもからかわれました。当時はまだ、自分にダメなことが起きている(いじめられている)という認識すら持てなくて。ただ、『自分って何を喋っても、どんな見た目でも、人と違うことをしてしまうんだ』『人と違う私は、いけない存在なんだ』という劣等感だけが、じわじわと心の奥底に傷として刻まれていきました」

容姿への“いじり”だけでなく、言葉遣いやふるまいまで否定される経験は、幼い裕奈さんの中に「人と違う自分はダメなんだ」という感覚を深く刻んでいった。やがてその傷は、「痩せていなければ価値がない」という思い込みへと形を変え、長く裕奈さんを縛り続ける“見た目の呪縛”になっていった。

「自分はダメな人間」——劣等感が摂食障害へとつながるまで

小学校時代の環境を変えるべく、中学校受験をして私立の中高一貫校に進学。それからは、容姿へのいじりもなく、友人関係にも恵まれて楽しく過ごしていたそう。しかし、小学校時代に植え付けられた劣等感の根は深かった。

「通っていた学校は中高一貫ということもあり、部活は学校生活の大きな軸の一つ。運動部、文化部問わず部活に入って仲間をつくっていく子が多かったです。でも私は小学校の経験から、『自分は集団の中でうまく行動ができない』と思い込み、部活に入ることができませんでした。そのことで『協調性が必要な部活に入っていない自分はゴミだ』とさえ思っていました。受験期になると、塾に通い始めて、勉強をしながら毎日フラペチーノやポテトチップスを飲み食いする習慣がついて、一気に体重は10kg以上も増加してしまって。『やっぱりそうだよね、自分はそういう(太っているダメな)人間だよね』って、当時は綺麗にかわいくなろうという気すら起きない、自暴自棄な諦めモードでした」

そんな諦めのなかにいた裕奈さんの人生が、「痩せへの狂気」へと一気に舵を切ったのは、大学時代のことだった。

「大学時代は人並みに恋愛もしていました。しかし、当時付き合っていた彼と破局し、大学生の私にとって恋愛は生活の大部分を占めていたので、心にぽっかり穴が空いてしまって……。ずっと寝込んで何も食べられなくなったら、急激に体重が落ちていきました。特に体重が増えていた受験期からは18kgほど減りました。そうしたら、周りの人たちが『綺麗になったね』『前は惜しかったけど、今は痩せたからかわいくなったじゃん』って、ものすごく褒めてくれるようになったんです。『痩せれば褒められる。痩せれば自分の価値が上がるんだ』。そんなふうに『痩せること』に飲み込まれ始めたのがこの頃です」

162cm・39kg、1日のど飴2個。それでも「まだ太っている」と思っていた

過酷なダイエットは日常となり、まもなく「どの集まりに行っても、いちばん細い子」になった裕奈さん。それは、大学を卒業し社会人になっても続いていった。三井不動産に勤務し、大学院への進学を目指してストイックに勉強する、そんな一見順調に見えるキャリアの裏側で、食事制限は、誰の目から見ても命の危険を感じるレベルまで過激化していった。心身は悲鳴を上げていた。

「水すら『むくむから』ととらなくなりました。基本食事は野菜サラダのみ。1年間、炭水化物は一切食べなかったことも。フルーツも糖質だからダメ。生野菜のサラダに入っているクルトンすら敵だと思っていました。1日の食事がのど飴2個だけ、という日もありましたね。肌はボロボロでニキビだらけ。体重は39kgまで落ちました。周りの友達は心配して『もう痩せなくていいよ』って言ってくれたんですけど、当時のバグっていた私の脳には、その言葉すら『先を越すなよ』っていう牽制に聞こえて、素直に受け止められなかったんです。

エスカレートする食事制限の反動で、月に数回、ジャンクなお菓子を過食してしまう波も襲ってきました。コンビニで両手いっぱいにカップ麺やスナック菓子を買い込み、帰宅して一気に貪り食っては、猛烈な自己嫌悪と絶望に襲われる。そして『体重が45kgを超えたら、マジでやばい』という恐怖から、暴食後や会食の後にはいつもトイレに駆け込んで吐いていました」

極端な食事制限と過食嘔吐を繰り返しながらも、持ち前のストイックさで仕事のパフォーマンスだけは落とさないよう必死に維持し、周囲に悟られないようギリギリの状態でキャリアを乗り切っていた。常に「太ったら私は誰からも愛されなくなる、価値がなくなる」という恐怖に怯えていた。

周囲からは順調にキャリアを積んでいるように見えても、彼女の生活は常に「体重の数字」に支配されていた。食べることは喜びではなく恐怖になり、体はいつしか、管理し、削り、責める対象になっていた。裕奈さんを縛っていた“見た目の呪縛”は、日々の食事や人間関係、働き方にまで影を落としていた。

アメリカ、インド、スリランカで知った「美の基準は一つではない」

そんな裕奈さんの心を縛り付けていた強固な呪縛が、少しずつほどけ始めたのは、大学院進学に伴うアメリカ留学、そしてその後に経験したインドやスリランカといった異国での暮らしだった。

「短期間でいろいろな国の美の基準を目の当たりにしたことが、本当に大きなブレイクスルーでした。留学当時は、アメリカに行っても『絶対に太らないぞ』という気持ちで、相変わらず食べずに有酸素運動ばかりしていたんです。

世界中から集まった学生たちとルームシェアをしていたのですが、ハウスメイトたちはよく筋トレをしていました。体型維持によさそうと私も一緒にトレーニングを始めたのですが、ある日『どんな女性がセクシーか』という話になって。男性陣から『裕奈はいつも自信がなさそうで全然セクシーじゃない』と言われて。またアメリカでは、細いことよりも、筋肉がついた健康的な体型が『セクシー』で『素敵』とされる空気があり、日本と美の基準が全然違うことに驚きました。さらに、朝5時に起きて楽しそうに筋トレをするハウスメイトたちに影響を受け、私の運動と食事への向き合い方は徐々に変わっていきました」

アメリカ留学時代の裕奈さん(右から2番目)。筋トレ仲間のみんなと/ ご本人提供 Hearst Owned

「筋トレ部のみんなから『チキンを食べろ! これを食べたほうがいいぞ!』と、食事の大切さを叩き込まれて、恐る恐る食事をとるようになっていきました。言われた通り食べて鍛えるうちに、筋肉がつき体重が増えて、驚くほど体調が整っていったんです。

そこで初めて、ガリガリの細さではない、心身ともにヘルシーな美しさのあり方に救われました。そこからしっかり3食をとるようになり、体を削るためではなく、健康な自分でいるために運動をするようになっていったんです」

さらに、大学院留学の一環でインドへ研修に渡った際には、日本ではコンプレックスだった肌の色を褒められる経験をする。

「日本ではずっと『地黒だね』っていじられてきた肌の色を、インドに行ったら『日焼けしたカラーがとても素敵ね!』って褒められたんです。あ、ここでも美の基準が違うんだって驚きました」

そして大学院を卒業後、外務省に就職しスリランカへ赴任。ここでも裕奈さんは、“見た目の正解”が決して一つではないことを、目の当たりにする。

「現地の女性たちは、お腹が出ていようが、逆に華奢だろうが、誰もそんなことを気にしていなくて。みんな堂々とカラフルな民族衣装を着て、ありのままの自分の体を愛し、人生を楽しんでいるように見えました」

人生の大きな転機となった、スリランカでの女性たちと / ご本人提供 Hearst Owned

日本で信じ込んでいた“細いことが正解”というものさしは、場所が変わればいとも簡単に揺らいだ。「『私はこれまで、一体誰のために、何のために、自分の心と体をここまで追い込んでいたんだろう』って、張り詰めていた糸がプツリと切れました。スタンダード・ビューティーは、決して一つではないんだと心の底から気づけました」

痩せるための運動から、自分を愛するための運動へ

赴任先のスリランカでは、コンビニやレトルト食品がない環境だったことから自然と自炊をするようになり、カレーの国でしっかりと炭水化物を食べる習慣を取り戻していった。かつてあれほど恐れていた「食べること」への恐怖が、現地の豊かな食文化のなかで少しずつ薄れていったという。

現地での生活は、裕奈さんと「運動」との関係性も180度変えていく。

「当時は娯楽も少なかったこともあり、大きなジムに通うのがとにかく楽しくて。以前は『とにかく体重を減らすために週7で有酸素をする』という極端なやり方をしていましたが、次第に『正しいやり方で心と体を整え、健康的な自分を好きになる』ための運動へと変わっていきました。日本では『とにかく痩せたい』と思いがちですが、海外のカルチャーに触れて、自分らしくいられる体を育てる楽しさに目覚めたんです。そこから筋トレの記録とセルフラブの大切さをインスタグラムで発信し始めたことが、今の活動につながっています」

スリランカの女性たちと前川さん / ご本人提供 Hearst Owned

SNSやnoteでの発信を続けるなかで、スリランカから帰国した直後の2019年、運命的な言葉に出会う。

「新刊の共著者でもあるウィルソン麻菜さんと打ち合わせをしているときに『ルッキズム』という単語が出てきて、『なるほど』と。当時はまだ『ルッキズムってなんですか?』と言われる時代でしたけど、私が今までやってきた、セルフラブや自分を愛す・愛さないという葛藤の発信は、まさにこのルッキズムの話だったんだと、パズルがカチッとはまった感覚でした」

「ルッキズム」とは、外見や容姿によって人を評価したり、優劣をつけたりする考え方や態度のことと本記事では定義する。体型、肌の色、髪質、年齢、服装など、見た目にまつわる価値判断は、ときに何気ない“いじり”や褒め言葉の中にも潜んでいる。

自分が20年間戦い、もがいてきた“見た目の呪縛”。その正体に、ようやく名前がついた。

スリランカの女性たちに救われた私が、今度は誰かをエンパワーしたい

スリランカの女性たちとの出会いに救われた裕奈さんは、「今度は自分が彼女たちを、そして日本の女性たちをエンパワーしたい」と決意する。安定したキャリアを手放して起業し、2019年に立ち上げたのが、フィットネスウェアブランド「kelluna.(ケルナ)」だ。

このブランドのウェアは、あえて引き締め効果を強くしていない。スタイルアップを狙うのではなく、「今の自分の体」を心地よく包み込むためのデザインだ。現地のデッドストックの生地を活用し、スリランカの女性たちを雇用して、一つひとつ手作業で製造している。

「kelluna.は単なるアパレルではなく、他人の目から解放されて『自分を愛そう』というメッセージなんです」

起業し、SNSやメディアで「ルッキズムの払拭」や「セルフラブ」を発信するようになると、新たな壁にもぶつかった。ネット上での心ない誹謗中傷だ。裕奈さん自身の容姿をターゲットにした言葉が飛び交うこともあった。

でも、10歳のときに「デブスパッツ」と言われて絶望した少女は、もうそこにはいない。

「かつての私のように、他人が作った“美しさの正解”に苦しんでいる人が、日本にはたくさんいます。痩せているか太っているか、そんなことよりも『自分が心地よくいられるか』の方が100倍大切。私のこの遠回りしてきたストーリーが、誰かが自分自身を愛するための、小さなきっかけになればいいなと思っています」

「いつか見返してやる」怒りも、傷も、誰かをエンパワーする力に変えて

新刊『つまり、それがルッキズム 〜23の事例と解説〜』の共著者、ウィルソン麻菜さんと 撮影:日下部真紀

摂食障害に苦しみ、常に自分に自信がないと怯えながらも、裕奈さんは三井不動産勤務、早稲田大学大学院進学、外務省での駐在と、傍から見ると輝かしいキャリアを切り拓いてきた。その凄まじい行動力の原動力には、実は心の中にずっと燻り続けていた「怒り」もあったという。

「あの頃、私を『デブスパッツ』と呼んだ人。悪気なく『痩せればかわいいのに、惜しいね』と言ってきた同級生たち。私を今まで苦しめてきた人たちを見返してやりたい、いつか私の本をたまたま手にとってハッと気づかせてやりたい、という強い気持ちがエネルギーになっていました」

過去の傷や怒りを原動力に、同じように”見た目の呪縛”に苦しむ人を救うエネルギーへと転換した裕奈さんは、スリランカの女性たちを雇用するフィットネスウェアブランド「kelluna.」を立ち上げ、ルッキズムに関する発信を本格化させた。ポップアップストアやお客さんから届く「裕奈さんの発信がお守りだった」という生の声が、今では活動の確かなエネルギーとなり、孤独だった少女は、いま多くの仲間たちとつながっている。

ルッキズムは、ここまでは良くてここからはダメ、とはっきり境界線が決まっているわけではない、グラデーションのある複雑な問題だ。だからこそ、多様な価値観を受け入れ、相手がどう思うのか、一つ先まで想像力を広げることが大切なのだと裕奈さんは語る。

日常に潜む見た目への評価や、悪気のない言葉が相手を傷つける可能性、SNS時代の美のプレッシャーなど、誰もが当事者になり得る問題を多様な視点からひもといた新著『つまり、それがルッキズム 〜23の事例と解説〜』。その最後は、”見た目の呪縛”に悩む人々へ向けた、こんな優しい言葉で締めくくられている。

「悩みながらでいい。迷いながらでいい。完璧じゃなくていいから、いっしょに考え続けよう」

講談社

書籍情報

新刊『つまり、それがルッキズム ~23の事例と解説~』

2026年7月9日発売(講談社)。前川裕奈さんと、社会学やジェンダー論の視点から情報発信を行う文筆家のウィルソン麻菜さんによる共著。日常に潜む見た目への評価や“いじり”、褒め言葉のつもりで発した言葉が相手を傷つける可能性、SNS時代の美のプレッシャーなどを、23の具体的な事例を通して分かりやすくひもといている。

撮影:日下部真紀
前川裕奈<まえかわ・ゆうな>

1989 年生まれ。慶應義塾大学法学部、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科を卒業。三井不動産、JICA、在スリランカ日本大使館での勤務を経て、2019 年に「kelluna.」をスリランカで起業。現在は、現地と行き来しながら kelluna.を運営したり、講演活動も行っている。好きなことは、ランニング、マンガ、推し声優のイベント参加。著書に『そのカワイイは誰のため? ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。

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